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ジェイナスが、担架を手にした若い兵士に声をかけた。「ディアス上等兵。脈は、確認したのか?」
「それが、腕をとらせようとしないのです、大尉殿」
「何故だ?」
「何かを、強く握っているのです。取り上げてようとしたのですが、どうしても放しませんで……」
「相手は子どもだぞ」
ジェイナスが、怪訝な表情を浮かべる。「それも、一週間飲まず食わずの上、病気で弱りきっている女の子だ」
「それが、信じられないほどの力でして」
「どけ。私が確認する」
ジェイナスが、逞しい手で少女の拳を開こうとして、すぐに止めた。どこにそんな力が残っているのか、硬く握られた拳は、どうやっても開く様子がない。
「……パパ」
少女の唇が、かすかに震える。ジェイナスが少女の上に屈み込み、大きな手で少女の拳を包むと、優しい声で語りかけた。
「――ユウキ、もう大丈夫だ。パパだよ。パパが来たんだ」
「パパ……」
英語の語りかけに、少女が反応した。涎のあとが残る口もとから、弱々しい声が洩れる。
「ユウキ。君は病気だ。いまから病院に運ぶから、手に握っているものを、パパに預けてくれないか」
「……」
「ほんのちょっと、預かるだけだ。病院に着いたら返す」
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