第4章 あるありふれた恋の話

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「二人の関係を先に進めようと思ったら。何もかもわたしの方から口にして切り出さなきゃ駄目なの?」 燃えるような目をした彼女はほとんど怒り心頭と言っていいくらい。僕は観念して素直に頭を下げた。 「…ごめんなさい。君の気持ちまで思い至らなくて」 千夏は耳を真っ赤にしてふい、と横を向いた。僕と目を合わせず小さく呟くように言い捨てる。 「もういい。あなたができないならわたしが全部決めるから。…今日は家には帰らない。親には友達のところに泊まるって言ってきたの」 それから意を決した表情を浮かべ頬を上気させて僕を見据える。 「どこか、二人きりで泊まれる場所に連れてって。…そうしてわたしを思いっきり、壊れるくらいぎゅうっと抱きしめてよ」 何でもかんでもこっちに決めさせるな、とはっきり文句を言われたことには懲りてたから、結婚はこちらから申し込んだ。だけどどうにも僕にはタイミングを読む天賦の才能が決定的に欠けてるらしい。 「今じゃない。ちゃんと仕事に集中したいの。もう少しして、落ち着いたら。いろいろ…、やってけるって。自信持てたら」 きっぱり断られてしまった。まあそうか、就職して二年余り。やっと仕事を覚え始めてこれからって時に、余計なことまで抱えたくないって気持ちはわかる。     
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