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「先生、ウエットティッシュ使いますか?」
「ああ。美羽、悪いな」
最初は心を痛めたシンのキスシーンも時の経過と共に慣れてしまった。二人きりになった瞬間、美羽はウエットティッシュを一枚渡す。なれた手つきでシンは唇を拭った。
一刻も早く三国洋子を落としてほしい。
親切でも何も無い。このウエットティッシュは、美羽の小さな抵抗だった。
シンは所作も美しい。ウェットティッシュで唇を拭う動作すら、隠せない高貴さが滲み出ている。シンが羽織ればファストブランドのシャツもハイブランドに様変わりだ。シンが、のし上がる事を望むのは、この辺りに関係しているのかもしれない。美羽はそう思っていた。
シンのことを美羽は慕っている。けれども、美羽はシンが望むものを与えられない。それならばと、辛くても何があってもそばに居ることを美羽は選んだ。色とりどりの化粧品とメイク道具をボックスに片付けながら、美羽はまた自分を戒める。シンの下について、三年。美羽は片時も離れる事なくシンのそばに居た。気に入らないと演者に怒鳴られた時、映画の専門キャストに選ばれた時。
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