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「君たち、頼むよ!」
たった今思い浮かべた彼の声とともに、いくつもの猫の鳴き声が鼓膜に届く。いや、そんな、まさか。メルクは固く閉じていた瞼をそっと開けた。
目を開けるとそこには、周りを猫に取り囲まれたエルスが立っていた。その表情はいつもと違って厳しいもので、額には玉のような汗がいくつも浮いている。
――ああ、来てくれた。こんなに必死になって。
それだけのことがこんなにも嬉しいなんて。
メルクが目を瞬いている間に何匹もの猫が男達に飛びかかっていき、その爪を立てた。悲鳴を上げる男達。
猫が走り回る中をエルスがゆっくりとこちらに歩いてくる。いつもの笑顔が、その顔には無かった。
エルスは特異な体質を持っている。何もしなくても生き物が傍に寄って来るのだ。それは動物に限らず、昆虫や魚などありとあらゆる生き物が対象だ。そして、寄ってきたその生き物たちと心を通わせることができる。その体質を使って、彼はこうしてここまで来てくれたのだろう。
腕で顔を庇うようにして転がっている男達を見下ろす位置でエルスは立ち止まった。メルクからはその背中しか見えない。だが、静かな怒りだけはひしひしと伝わってきた。
「よくも、僕のメルクを攫おうとしてくれたね。もう痛い目には遭っているようだけど、ただで済むと思わないで」
「ひぃっ……、わ、悪かった、俺たちが悪かったよ! だからこの猫どもを……」
エルスは制止するように手を前にかざして少しの間じっとしていた。すると、攻撃を続けていた猫たちの動きが止まる。
こんな状況下だというのに、メルクは先ほどの『僕のメルク』という言葉に胸を躍らせていた。エルスがこんな言葉を口にすることは滅多にないからだ。
期待するようにエルスを見上げる男達は、しかし、すぐに表情を凍らせることになった。
「そうだね。猫じゃなくて、今度は獰猛な野犬でも呼ぼうか。きっと喜んで君たちを噛み殺してくれるだろうね」
「……ッ!」
エルスが絶対零度の声音で放った言葉に震え上がったらしい男達は、一目散に路地の奥のほうへ走り去っていった。
……今の言葉は、普段の穏やかなエルスを知っているメルクにとっても怖かった。
ゆっくりと振り返るエルス。その瞳は罪悪感に苛まれていた。
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