どうか気づかないでいて

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「メルク、本当にごめん……僕のせいだ。怪我、してるのかい?」 「ううん、何ともないよ。私がちゃんとエルスに掴まってなかったからこんなことになっちゃったの。私の方こそ心配かけてごめんね」  座り込んだままのメルクの様子をしゃがみこんで確かめるエルス。服に血が飛び散っていることを思い出したメルクは、困ったような表情を彼に向けた。あまりこれは見られたくなかった。  自らのポケットからハンカチを取り出したエルスは、優しい手つきでそっとメルクの頬を拭った。段々とゆっくりになったその手の動きは、ついに止まる。深い青の瞳がメルクの瞳をじっと見つめていた。  ふっ、と緊張の糸が切れたように、その瞳が細められる。まるで、泣き出してしまうかのように。 「メルク……っ」 「ひゃっ」  一瞬、状況が理解できなかった。自分の顔の横に彼の緑色の髪が見えることに気付いて、やっと抱きしめられているのだと理解する。遅れること数秒、自分の頬が急速に熱を帯びたことにメルクは気付いた。 「……心配したよ。二度と僕の元に帰ってこなかったらどうしようかと思った」 「ごめんなさい……」 「謝ることないよ。僕が悪いんだから」  彼の声は、余裕など感じさせない切実なもので。わずかに震えた声と吐息が、メルクの耳朶をくすぐっていった。  しばらくメルクを固く抱きしめていたエルスは、ゆっくりと体を離し彼女の両肩に手を置いた。その顔にはもう、いつもどおりの穏やかな笑顔が浮かんでいる。 「じゃあ、帰ろうか。暗くなる前に」 「うん」  メルクの返事を聞いた彼は、立ち上がると彼女に向かって右手を差し出した。メルクはその手に、自分の左手をそっと滑り込ませる。冷たい指先がきゅっと彼女の手を包み込んだ。  そうして二人は歩き出す。  暗くなり始めた空は、オレンジと紫が交じり合ったような不思議な色をしていた。  こうやって手を繋ぎ並んで歩くのは初めてだった。繋いだ手はだんだんと熱を帯び、熱いと言ってもおかしくないくらいの温度になる。  そっと隣を歩く彼の横顔を盗み見ると、夕陽のせいか赤くなっているように見えた。
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