それでも隣に居られたら

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 さすがに心配になって倒れたアポロに近づくと、ぶつぶつと何やら呟いている。メイは何を言っているのか、と耳を近づけた。 「ピンクの……ブラ……」  メイはうつ伏せに倒れていたアポロの手を思い切り踏みつけた。 「うぎゃあっ!」  痛みに叫んだ彼を尻目に、メイは脱衣所に駆け込んだ。上下がちゃんと揃った下着を着ていたことが唯一の救いである。  涙はもう引っ込んでいた。その点だけは感謝をして浴室に入る。  浴室の鏡に映る自分の顔を眺める。シャワーを浴びる前の顔には、まだ血飛沫が飛び散っていた。短く切った青みがかった黒い髪と、冷たい光を湛えた青紫色の瞳。きっとこの血は見られてしまっただろう。彼に、この顔は見せたくなかった。  思い出すのは、さっき見た燃え上がるようなオレンジ色。アポロは性格も朗らかで、ここに住んでいる10人の中心的人物だ。汚れきった自分とは嫌になるほど対極の存在だ、とメイは思う。  シャワーで念入りに顔や体の汚れを落としていく。執拗と言ってもおかしくないほどに念入りに洗っていった。  タオルを首にかけて浴室から出ると、何やらいい香りがした。甘い匂いだ。  短い髪は乾かさずに着替えを身につけてリビングに出ると、匂いの正体はすぐに分かった。テーブルの上に湯気が立つココアが2つ置かれていたのだった。メイの近くに置かれているココアの他に、もう1つ。そばには、テーブルの上で腕を組み、その上に顎を乗せた男がメイのシャワーが終わるのを待っていた。そのオレンジ色が、メイには眩しい。 「飲みなよ、疲れてるだろ」  蕩けそうな笑顔で、彼は言う。眠いのか細めた目の奥で、紺色の瞳が優しい色を湛えていた。リビングの照明が瞳に当たって、まるで瞳の中に煌めく星がいくつもあるように見える。 「うん……。あ、ありがと……」  頬が上気するのを感じて、メイは俯いた。彼のこういう優しさに弱い自覚はある。さっき殴ってしまったことを思い出し、申し訳なさでお礼を言う声は小さくなった。下着姿を見られたことは許せないが。 「ココアを飲めば落ち着くから」 「何よ、あたしが落ち着いてないって言うの」 「そういう訳じゃないけど……」
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