君から目が離せない

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君から目が離せない

「君は一体いつまでここにいるつもりなんだ」  サタンがぶっきらぼうに問いかけた先は、サタンの自室の隅で本を広げている女性だ。少女とも女性とも言える年代の彼女は、茶色の髪を左右に三つ編みにしてまとめている。サタンの方を向いて膝を抱えて座り、膝の上に本を乗せているため角度によってはスカートの中が見えそうになり、サタンはむやみに振り返れなかった。  黙々と試験管を振って薬品を混ぜる。背後で本を読んでいる女性――ジュリが動く布擦れの音がした。しばらく沈黙が下りる。 「うーん……、この本が読み終わるまで……」  ちらりと横目で彼女の様子を見ると、スカートの中が見えそうにならない横座りになっていた。サタンは安心して振り返る。その手元にある分厚い本を見ると、まだ先は長そうだ。彼はため息をついた。 「今日も随分長く居座る気なんだな。君にも自室があるだろう」 「でも……ここが落ち着くから」  いつも通りの小言を言うと、いつも通りの返事が返ってきた。仕方ないか、とサタンはまた机に向かう。なぜか彼女は気が付くとこの部屋に入り浸っているのだ。部屋にはもちろん鍵はついているのだが、在室の時は鍵をかけないままでいる。嫌なら鍵をかければいいのだが、本音を言うと別にジュリがこの部屋にいることは嫌ではないからそのままにしている。  サタンは作業に戻ることにした。今日中にこの薬品の組み合わせで反応を見てみたい。  壁に備え付けられた棚から目的の薬品を探し出し、試験管の中へ入れる。 「サタン」  急に声を掛けられ、何かと思って振り返ると髪の毛が引っ張られる感じがした。見ると、いつの間にか背後に移動したジュリが、サタンの伸ばしっぱなしにしているボサボサな深緑色の髪の毛を左手で掴んでいた。邪魔な髪の毛はいつも紐で括っている。  彼女の優しいこげ茶色をした瞳がサタンを見下ろしていた。立ち上がった彼女は実はとても身長が高い。 「紐が……ほどけかけてるよ」 「そうか。直してくれるか」  サタンはそう言って机の方へ向き直った。髪をいじる気配がする。頭皮を引っ張られるような感覚があって数秒の後、白衣の背中に髪の毛が流された。彼女の息遣いを間近に感じた気がした。 「できたよ」 「ああ、ありがとう」  礼を言って、作業に戻る。ジュリも元の位置に戻っていったようだった。
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