君から目が離せない

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 サタンの作業の音と、ジュリが本のページをめくる音だけが響いていた。  唐突に本を閉じる音がする。彼は作業に熱中しておりその音には気づかなかった。  椅子に座る脚に何か大きなものが触れた感覚があり、サタンは掲げたフラスコをそのままに自分の脚を見下ろした。そこには三つ編みにまとめた後頭部。少しほつれた髪が白いうなじにかかっている。彼女の小さな頭の向こうには、読みかけらしい本が開かれていた。 「……何だ」  不愛想にそう声をかけると、ページをめくる手を途中で止めた彼女がこちらを伺うように見上げた。どうやら構ってほしいらしい。上目遣いは反則だ。 「だめ?」 「……寄り掛かってるだけなら良い」 「それなら、良かった」  短く返事をすると、ジュリはまた本に目を落とした。脚にかかる力が僅かに強くなる。彼女の規則的に並んだ背骨を、脚の側面に感じた。伝わってくる温度がじんわりと温かい。  サタンはもう一度白いうなじを見て、左手の手元で止まったフラスコを見た。左手を回すと、中の液体もぐるりと動く。  ――まぁ悪くないな、こういうのも。  フラスコを置くと、サタンは近くのモニターへ目を向けた。近年我が国で開発されたこの『コンピュータ』というものは、実験をする上でとても便利だ。ただ、まだ開発されたばかりのものであるから足りない機能も多い。だから当時軍にいたサタンは先の戦争でこの技術を戦争にどう生かせるのかを研究させられていた。まぁ昔の話だが。  次の実験に必要な薬品の量をコンピュータで計算しようとした時だった。  窓の外で何かが光り、ピシャーン、という音が後に続いた。雷だ。すぐに窓を叩く雨の音も聞こえ始める。  これはやばいな、と思い見下ろすと、ジュリが窓の外の光景に釘付けになっていた。サタンはまずコンピュータの電源を落とし、身じろぎをする。ジュリは取りつかれたように窓へふらふらと歩いていった。本を残して。彼はため息をついた。 「眺めるのはいいが、ほどほどにしろよ」 「……うん」  彼女はなぜだか雷を眺めるのが好きだ。雷が鳴り始めると、窓のそばに寄って行って鳴り終わるまでずっと眺めている。  何を言ってもやめないことは知っているため、彼は実験を続けることにした。足元がやたらと寒い気がしたが気のせいだろう。 「……ジュリ?」
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