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そのカケラを
「先輩、一枚撮らせて貰えませんか?」
「え? おれをかい?」
先輩は白い息を振りまき辺りを見回した。ここは田んぼの畦道だ。駅へ行くのに近いからと、いつも通る。
「こんな殺風景だけど?」
「いいんです」
先輩と初めて会った時、ここは青々としていた。今は無地のノートみたいに、まっさら綺麗でおぼつかない。
一面の白い大地と灰色の空の曖昧な境目に、先輩の細長い身が立つ。
私は、カメラを構える。
風が強く吹く。雪が粉になって舞い、先輩の髪を乱す。
それをもろともしない、先輩の穏やかな顔。
ああそうだ、その表情が一番好きなんだ。
それを写真にしたいんだ。
風が止んだその瞬間、私はシャッターを切った。
春になり、先輩は遠くへ行ってしまった。
私は毎日、密やかな愉しみに耽る。
現像した写真を見つめる。
普段は手帳に入れ持ち歩き、部屋では取り出して見つめ続ける。
何度も出し入れしては傷んでいくだろう。
それは承知のうえだ。
私は写真が好きで、好き過ぎて。それと同じくらい、先輩を好きになってしまって。
先輩のこの魂のカケラを、私は所有し続ける
時の流れに、先輩のカケラは若いまま、傷んでいくのだ。
ここにいる私は、置いていかれるだろう。
だとしても、構わない。
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