浅茅生の

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「お、あんがとね」 いつもアイツはそう言って、私から片手で本を受け取る。 小学生の頃、休み時間はいつも教室で本を読んでいた。 みんなが昇降口から広い校庭に飛び出していく中、私にとっては机の上の一冊の本が、広い世界への扉だった。 気まぐれにかけられた「何読んでんの?」の一声。 いつも人の輪の中心にいて、男女問わず人気があり、活発で活動的な健康優良児。模範的小学生。 転げまわる太陽みたいなアイツがたまさか声をかけてきたのは、捻挫した足では外に出れない無聊ゆえの気まぐれだったのだろう。 ちょうど読み終わったところだったので、内容に興味を示したアイツに貸してやった。 次の月曜日は無人島ごっこに引っ張り出された。 フライデー呼ばわりされたのには辟易した。 2人ではさみしいというので別な本を貸してやった。 15人揃えるのは結構大変だとわかった。 探偵団の初任務は野良猫の捜索だった。この町は平和だった。 頬に信の字を書いてきたときは気が違ったのかと思った。牡丹の形が分からなかったそうだ。 おばさんに「すっかり本を読むようになった」と感謝された。 卒業祝いにダンスパーティをしようと言い出した。あれはアメリカの話だと言っておいた。 魔法使いのコスプレで学校に来た。女子みたいな格好だなと言ったら怒っていた。 部活の先輩が素敵であこがれるそうだ。ジュゼッペのようになれば?と言ったら笑っていた。 大きな木にシンパシーを感じた。 ジャミールの犬になれるだろうか。 京都の大学に行くそうだ。おもかげに立てるかな、と言っていた。 返事は、しなかった。 今一冊の本が、手元にある。何十冊と手渡してきたけど、贈られるのは初めてだ。 意味を確かめなければと思う。 私は。カギを握って。玄関の扉を開けて。
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