0人が本棚に入れています
本棚に追加
「お、あんがとね」
いつもアイツはそう言って、私から片手で本を受け取る。
小学生の頃、休み時間はいつも教室で本を読んでいた。
みんなが昇降口から広い校庭に飛び出していく中、私にとっては机の上の一冊の本が、広い世界への扉だった。
気まぐれにかけられた「何読んでんの?」の一声。
いつも人の輪の中心にいて、男女問わず人気があり、活発で活動的な健康優良児。模範的小学生。
転げまわる太陽みたいなアイツがたまさか声をかけてきたのは、捻挫した足では外に出れない無聊ゆえの気まぐれだったのだろう。
ちょうど読み終わったところだったので、内容に興味を示したアイツに貸してやった。
次の月曜日は無人島ごっこに引っ張り出された。
フライデー呼ばわりされたのには辟易した。
2人ではさみしいというので別な本を貸してやった。
15人揃えるのは結構大変だとわかった。
探偵団の初任務は野良猫の捜索だった。この町は平和だった。
頬に信の字を書いてきたときは気が違ったのかと思った。牡丹の形が分からなかったそうだ。
おばさんに「すっかり本を読むようになった」と感謝された。
卒業祝いにダンスパーティをしようと言い出した。あれはアメリカの話だと言っておいた。
魔法使いのコスプレで学校に来た。女子みたいな格好だなと言ったら怒っていた。
部活の先輩が素敵であこがれるそうだ。ジュゼッペのようになれば?と言ったら笑っていた。
大きな木にシンパシーを感じた。
ジャミールの犬になれるだろうか。
京都の大学に行くそうだ。おもかげに立てるかな、と言っていた。
返事は、しなかった。
今一冊の本が、手元にある。何十冊と手渡してきたけど、贈られるのは初めてだ。
意味を確かめなければと思う。
私は。カギを握って。玄関の扉を開けて。
最初のコメントを投稿しよう!