第二章 決して無視することのできない大きな溝

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 その日の朝、教室は騒然としていた。  僕たちのクラスでは、出店ともう一つ、立候補によって選ばれた面々で演劇をやる予定であった。題目はかの有名な『ロミオとジュリエット』だった。しかし、今日になって、ロミオ役の佐々木とジュリエット役の加瀬がケガをしてしまった。佐々木はサッカー部での活動中に足を捻ってしまったらしく、加瀬は料理中に熱湯をこぼして火傷(やけど)になってしまったようだった。 「おいおい、どうするんだよ」 「誰か代役いるのか」  生徒が異口同音に不安を呟いている。  クラスがざわめいていたのは、文化祭まで三日と本番を目前としたこの日に、予期せぬアクシデントが発生した為だったのだ。  しかし、この後、更に予期せぬアクシデントが、僕を襲うこととなった。  朝のホームルー厶、例の事件にどう対処しようかという議論の際、誰かが言った。 「そういえば、武蔵ってシフトあんまり入ってないよな。劇の時間も空いてるじゃん」  その言葉に、先生も手持ちのシフト表に目を落として、それから僕に目を向けた。 「武蔵って帰宅部だよな。どうだ、武蔵さえ良ければだが、代わりにロミオの役をやってみないか?」  僕は最初に余計なことを言った生徒を恨んだ。  こうなってしまっては、もうどうしようもない。言い逃れなどできないではないか。  先生は僕さえ良ければと言っているが、その実、僕に逃げ道なんてものは用意されていなかった。  クラス中が僕に期待して視線を集中させているこの状況で、単に僕が「やりたくない」という理由だけで断ろうものなら、僕の人望は一気に垂直降下して粉々に砕けてしまうだろう。だから、僕はあらかじめ用意されていたかのようなセリフを言わざるを得なかった。 「わかりました。僕で良ければ、やってみます」  おぉ……! と、クラスが感嘆の息を漏らした。  まあ、良いさ。やれるだけやってみよう。  僕は楽観的に、そう考えることにした。  だが、先程僕が言ったアクシデントとは、これだけではなかった。いや、むしろ、この後が問題だった。  
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