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卒業式から何日か経った。一人暮らしに向けて準備をしなければならないのだけど、なぜか、僕は古書店にいた。
「何か、お悩みですか」
六十代だか、七十代だと思われるお爺さんが僕に尋ねる。
「いや、何か、読みたい本があるかなと、思って」
「そうでしたか」
と、その人は、僕にそう返事する。
僕は、そう言えば、このお爺さんはきっと引き下がると思ったからだった。
「読みたい本ですか、私はこれがおすすめかと思います」
と言ってきたときには、少し、驚いた。僕の表情でも見ていたのかと思ったりもした。すんなりと、僕の見ていた本棚から取り出したのも、驚いた理由の一つだったかもしれない。
しかし、なによりも、何に驚かされたといわれれば、そのお爺さんが取った本が、確かに、僕の気になる内容の本だったからである。
「旅するあなたに向けて」
僕は、別に旅行コーナーを見ていたわけでは決してない。小説、それも文庫本しかないところに、置いてあった一冊。だから、これもきっと小説なんだろう。自己啓発本ではないにしても、僕には、それが、適切だと思った。
「ありがとうございます」
思ったよりも、素直な一言が、僕から出なかった。
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