昔の小さな恋人

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――全く寝られなかったんだから、やっと寝てくれてよかった。  彼女は安心してのそっと起きた。  規則正しく穏やかな寝息だった。  彼もどこかほっとしたように口元を緩ませている。  毛布をその肩までしっかりかけておいてそっとベッドを離れる。 「本棚の1番下」だと言っていた。  彼の部屋にはまず本棚が3つあるのだ。どの本棚だろう。  派手な靴音を立てないように、とこ、と足をゆっくり踏み出す。  本棚の下に注意しながら見て回る。  意外にもそれはすぐに見つかった。迷わずしゃがみこむ。  小学校か中学校の教科書の横に、いささか狭そうにして潜んでいた。 ――見つけた。  そっと、彼の昔の恋人――子供用の植物図鑑に手を掛けて本棚から連れ出してみる。  表紙の四隅はすっかり擦り切れて丸くなり、中のページもいくつも折り目が付いていてがたがたである。  一緒に見たことはあった。だからちらっと見覚えのある写真が見えた。  彼女はすぐにそれを閉じた。  表紙をそっと撫でてから、元あった場所に戻しておいた。 ――勝手に妬いてごめんね。  そしてもう一度、そろそろとベッドの方へ戻る。  身を屈めてそっと唇を落とした。 「……じゃあね……だいすき」 ――今はあたしがあなたを。あなたがあたしを。  昔図鑑を抱えていた腕は今、彼女自身を抱きしめてくれる。 ――夢にまで出てって抱かれようなんて。それで彼のせいにするなんてすっかり汚い女だわ。  今は彼を休ませてあげなきゃと、心の中の優しい自分が言っているのだった。
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