エピローグ

18/241
前へ
/241ページ
次へ
 指宿くんの薄茶色の瞳は真剣だ。私はその目に抗うことなく、自転車の荷台に腰を下ろした。 「行くよ。しっかり捕まっててね」 「え? 捕まるって、どこに? サドル? わっ、きゃっ」  指宿くんが自転車を漕ぎだす。サドルをつかんでたら振り落とされてしまう。自然に指宿くんの腰に両腕を回した。  う、わぁ……、なんだこれ。  指宿くんはぐんぐんスピードをあげる。国道を走る車と、ガードレールの向こうの海が流れていく。海の向こうには遠く、ごつごつした岩肌の桜島が見えた。潮風が吹きつけて、かいていた汗がひいていく。 「気持ちいい」  自転車の後ろに乗ることが、こんなに気持ちいいものだとは知らなかった。 「今和泉さん、大丈夫? 学校着いたら、保健室で休んだ方が……」 「大丈夫だよ、指宿くん。疲れなんか吹っ飛んだよ」 「え?」 「なんか楽しい」  指宿くんは一瞬後ろの私に目をやる。風になびく、柔らかそうな髪の間から見つめてきた瞳がまだ不安そうだったで、私はピースを返した。 「私は何も心配いらないよ。身体が丈夫なのが取り柄だし、元気だから。あー、そっかぁ。そうだ」 「何を一人で納得してるの」 「ううん。私、決めたよ、指宿くん」 「決めた?」 「そう。私、青春するわ」 「青春?」 「そう、せっかくだから、青春、するぞおおぉぉぉぉ―――――――!」 「うわっ」  突然叫んだせいだろう。指宿くんのハンドル操作が狂って自転車が蛇行する。指宿くんは急ブレーキをかけると振り返った。 「どうしたの?」  私はふふふっと悪戯っ子のように笑った。 「指宿くんと、青春するの」 「青春って、どういうこと?」 「それはこれから考えるんだよ。ここからは歩けるから、もう大丈夫。さっ、行こう」  海を目の前にした校舎はもうすぐそこだ。呆気にとられた顔をしている指宿くんの前を 私はずんずん進んだ。
/241ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加