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指宿くんの薄茶色の瞳は真剣だ。私はその目に抗うことなく、自転車の荷台に腰を下ろした。
「行くよ。しっかり捕まっててね」
「え? 捕まるって、どこに? サドル? わっ、きゃっ」
指宿くんが自転車を漕ぎだす。サドルをつかんでたら振り落とされてしまう。自然に指宿くんの腰に両腕を回した。
う、わぁ……、なんだこれ。
指宿くんはぐんぐんスピードをあげる。国道を走る車と、ガードレールの向こうの海が流れていく。海の向こうには遠く、ごつごつした岩肌の桜島が見えた。潮風が吹きつけて、かいていた汗がひいていく。
「気持ちいい」
自転車の後ろに乗ることが、こんなに気持ちいいものだとは知らなかった。
「今和泉さん、大丈夫? 学校着いたら、保健室で休んだ方が……」
「大丈夫だよ、指宿くん。疲れなんか吹っ飛んだよ」
「え?」
「なんか楽しい」
指宿くんは一瞬後ろの私に目をやる。風になびく、柔らかそうな髪の間から見つめてきた瞳がまだ不安そうだったで、私はピースを返した。
「私は何も心配いらないよ。身体が丈夫なのが取り柄だし、元気だから。あー、そっかぁ。そうだ」
「何を一人で納得してるの」
「ううん。私、決めたよ、指宿くん」
「決めた?」
「そう。私、青春するわ」
「青春?」
「そう、せっかくだから、青春、するぞおおぉぉぉぉ―――――――!」
「うわっ」
突然叫んだせいだろう。指宿くんのハンドル操作が狂って自転車が蛇行する。指宿くんは急ブレーキをかけると振り返った。
「どうしたの?」
私はふふふっと悪戯っ子のように笑った。
「指宿くんと、青春するの」
「青春って、どういうこと?」
「それはこれから考えるんだよ。ここからは歩けるから、もう大丈夫。さっ、行こう」
海を目の前にした校舎はもうすぐそこだ。呆気にとられた顔をしている指宿くんの前を 私はずんずん進んだ。
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