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「指宿隼人くんだよ。同じクラスの」
その指宿くんを探してみたが、教室の中にはいないようだった。どこか他の場所でお昼を食べてるのだろうか。
千花は少し考えてからようやく「ああ」と、言った。
「篤子ちゃん、いつ指宿くんとそんな話したの?」
「え? 今朝、学校に行く途中に会って」
「会って、そんな話したの?」
「そうだけど」
私が平然と頷くと、千花はあわあわしたように口元を手で覆った。
「……す、すごいね」
すごい? 指宿くんと話をするのがすごい、と言っているのだろうか。頬を桃色に染めた千花を見ていると、昔を思い出した。
そうだった。
私も、こうだったのだ。
つまり、男子と話すなんて恥ずかしくてとんでもない。できることなら関わらずに済ませたい。男子と話すとひどく緊張してしまうせいで、一秒たりとも一緒にいたくない。そんな女子だった。
高校を卒業して東京で就職してからは、そんなこと言ってられなくて、男性と話すのもすっかり平気になってしまったけど、思春期真っただ中の私は、男子と話すなんて夢のまた夢だった。
しかも、好きな男の子と話すなんてできるわけがなかった。
同じだった、はずなんだけどなぁ。
高校卒業後は地元に就職してすぐに結婚し、成人式では第一子を身ごもり、今や千花は三人の子持ちだ。
人って分からないもんだよね。
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