エピローグ

4/241
前へ
/241ページ
次へ
彼氏すらおらず、結婚もできず、子供を産むこともなく、たいした仕事もせず、親孝行なんてかけらもせず、ありとあらゆる夢もかなわず、この世界に痕跡一つ残さずに、私は死んだ。 「……大丈夫?」  はずだったのに、声がした。  暗闇に光が差す。冬のはずなのにやけにあたたかい。  おおこれが天国ってやつか、と私は瞬時に理解した。 「大丈夫? ねぇ、こんなところで寝てたら死んじゃうよ」  いや、もう死んでるし。  思わずツッコんでしまった。 「ねぇ」という声は遠くから聞こえていたはずなのに、だんだん近くなってくる。あたたかいのが暑いに変わる。瞼越しに差し込む光が眩しくてしかたない。 「ねぇってば、今和泉さん」  声の主が私の身体を揺すった。  私の名前を知ってる? 誰だろう?  目を開けると、二つの薄茶色い瞳があった。目が合うと、その瞳が柔らかく細められる。 「あ、今和泉さん。よかった、生きてた」  息がかかりそうなくらい近くにあったのは、多分男の顔だ。びっくりして飛び起きたら、ガツンと派手な音がした。 「いっ!!」  目から火花が散るとはこのことだろう。何も考えずに起き上がったせいで、額と額がごっつんこ。って、アリさんじゃないんだから、とかなんとか思いながら、私は額を押さえてその場でのたうち回った。
/241ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加