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彼氏すらおらず、結婚もできず、子供を産むこともなく、たいした仕事もせず、親孝行なんてかけらもせず、ありとあらゆる夢もかなわず、この世界に痕跡一つ残さずに、私は死んだ。
「……大丈夫?」
はずだったのに、声がした。
暗闇に光が差す。冬のはずなのにやけにあたたかい。
おおこれが天国ってやつか、と私は瞬時に理解した。
「大丈夫? ねぇ、こんなところで寝てたら死んじゃうよ」
いや、もう死んでるし。
思わずツッコんでしまった。
「ねぇ」という声は遠くから聞こえていたはずなのに、だんだん近くなってくる。あたたかいのが暑いに変わる。瞼越しに差し込む光が眩しくてしかたない。
「ねぇってば、今和泉さん」
声の主が私の身体を揺すった。
私の名前を知ってる? 誰だろう?
目を開けると、二つの薄茶色い瞳があった。目が合うと、その瞳が柔らかく細められる。
「あ、今和泉さん。よかった、生きてた」
息がかかりそうなくらい近くにあったのは、多分男の顔だ。びっくりして飛び起きたら、ガツンと派手な音がした。
「いっ!!」
目から火花が散るとはこのことだろう。何も考えずに起き上がったせいで、額と額がごっつんこ。って、アリさんじゃないんだから、とかなんとか思いながら、私は額を押さえてその場でのたうち回った。
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