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「カラン カランッ」
「いらっしゃいませっ!」
カウンターとテーブル席合わせて12席ほどの、小さな喫茶店ーノエルー。
ノエルとは、フランス語でクリスマスの季節を現す言葉、今から三十年前の12月25日クリスマスにオープンした記念でマスターの奥さんが名づけた店名だった。
ランチタイムになると常に満席になる店内を一人忙しそうに日替わり焼きそばランチをひたすら運ぶ。今朝、隣町のスーパーまで足を運んだ甲斐があったとばかりに、日替わり完売の札を貼り付けたマスターへ向かい得意げに笑みを浮かべる寿々に対し、メニューの選択が良かったとドヤ顔で返すマスター。
そして、そのやり取りを幸せそうに横目で見守る奥さん。
ノエルは温かい家庭的な雰囲気に包まれた、
寿々にとって大切な場所だった。
「お疲れ様。コーヒー淹れようか?」
「ありがとう。でも、今日はもう行かなきゃ」
マスターにそう告げると、ビニールに入った食パンの耳を持ち寿々はノエルを後にした。
夕暮れ時人通りのない川沿いの堤防を赤い自転車が軽快に走り、一つの橋の手前で寿々は自転車から降りると橋の歩道を歩いて渡り始めた。
橋の下には1m程の小さな遊歩道があり、その際を川幅6m程の小さな川がゆっくりと流れていた。
少し前までは、ウォーキングを楽しむ人や犬の散歩などする人を多く見かけたが、すぐ近くに出来た大きな自然公園の影響か、行き交う人もまばらとなっていた。
寿々は橋の中央付近に自転車を止め、欄干にもたれながらポケットからビニール袋を取り出しパンの耳をちぎり川へと投げ入れた。
水面に浮かぶパンは、ゆっくりと流れに逆らわず動き出す。
「チャポンッ――」
水面についてほんの3秒程の間に、何処からか鯉が姿を現し一飲みで餌を口にする。
投げ入れられるパンが増える程、無数の鯉の群れが姿を現した。
「あっ! 紅ちゃんっ」
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