プロローグ

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プロローグ

「もしもし――」  誰もいない雑居ビルの屋上に一人の男が姿を現す。 やがて夕暮れ時を迎えようとしていたが、 雲一つない青空は視界を遮ることなく透き通った見晴らしだった。 「もしもし」 「落ち着いて教えた通り、ゆっくり一つずつ丁寧に――。 君なら大丈夫。 集中して、自分を信じるんだ」 「はいっ」  両手が自由になる様に、イヤホンマイクを通した携帯で 二人の男女は意思疎通をする。  男の立つ雑居ビルから、200m程離れた建築中のビルの屋上に まだ二十歳をまわった位だろうか、一人の若い女性が真剣な眼差しを向け 男の指示に従っていた。  床に敷かれた布の上に寝ころび、バイポットと称される二脚に固定された 狙撃用ライフル。  信頼性、射撃精度の高いボトルアクション(手動装填)狙撃銃の為、 あらかじめ重力・風・湿度等計算されセッティングされた狙撃のチャンスは 一度のみであった。 「スコープを覗くんだ」  男の指示に従い片目を閉じ覗き込む視線の先に、 少女は標的の胸の位置を確認できた。  あらかじめセッティングされたスコープから男の表情は分からない。 たが、一撃で決着をつけるため狙いを定めた心臓部は左右に動きながらも 的確に的が絞られていた。 「合図とともに、トリガー(引金)を引くんだ」  少女の瞳から零れ落ちる一筋の涙――。 『おとうさん、待っててね。私が仇を取るから……』  離れたビルから流れつくレーザーポインタの位置を確認し、 風向きを肌で感じながら男は最後の言葉を放った。 「3……2……今だ! 撃て!」
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