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猫が出かけたと調査員から連絡を受け、こんな天気によく出歩くものだと呆れつつ蜻蛉はホテルを出た。殺し屋の仕事にここまで手を貸す組織も珍しい。普通は標的の資料提供をする程度だ。違和感を覚えながらも、蜻蛉は猫の散歩コースに乗り込むためにバス停に向かう。
バス停には先客がひとり。蜻蛉より少し年上だろうか、雨だというのに傘もささず、すでにぐっしょりと濡れているフードをかぶっている。
そこまで観察できるほど近づいて、蜻蛉は目を見開いた。
「やっほ!」
こちらに気づいた相手が、親しげに片手を挙げた。雨と暗闇のせいで、ここまで接近するまで分からなかった。
蜻蛉の標的である猫が、全身から雫を滴らせて立っていた。
接近し過ぎたことを理解するより先に、するりと猫が蜻蛉の傘に滑り込む。暗闇に猫から落ちる黒い雫が反射し、きらきらと妙にきれいに光った。
「あーごめん、狭いけど許して。その顔じゃ知ってるかもしれないけど言っとくね。私は猫。この街を縄張りにしてる野良だよ。じゃ、ここじゃなんだしどっかひと気のないとこ行こうか」
猫が蜻蛉の手の上から傘を握る。その冷たさに、蜻蛉の背筋が粟立った。刺されるような緊張感に、しかし蜻蛉は焦りを見せない。眼鏡の奥の瞳をちらりと沈着に猫に流し、淡々と尋ねた。
「……なぜ、ここに? 出かけたのは、さっきだったはずじゃ」
「んー? それ、どこ情報? 私が出てきたの、一時間前だけど」
蜻蛉は口を噤む。
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