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「お前の『難破船』は難破してない! なんで、『難破船』聴いて元気でんだよ」
僕の歌を聴く度に、倉ちゃんはそう言う。
こちらとしては、情感たっぷりに歌いあげてるつもりなのだが、どうやら声に力があり過ぎるらしい。これでも大分抑えてるのだけど。まあ、何にしろ元気が出るならいいじゃないか。
倉ちゃん、よしくんと呼び合う仲になって、もう四年になる。三十半ばも過ぎてその呼び方は、端から見れば幼稚に映るかもしれないが、僕らの中では自然なのだからそれで構わない。
そして、今宵も二人で行き付けのスナックへ。
週末だけあって、夜の十一時を回ってるのに、狭い店内は大盛況だ。
咲ママに迎えられ、僕らはかろうじて空いていたカウンター席に通される。
倉ちゃんは、渡されたおしぼりで手を拭くやいなや、女の子にカラオケのリモコンを要求する。
まだ乾杯もしていないのに困ったものだ。どうせ僕に『難破船』を歌わせる気なのだろう。こちらとしては、ボトルキープしている焼酎を烏龍茶割りで先ずはいただきたいのだが。倉ちゃんにとってはそんなことはどうでもよいのだ。常にマイペースで陽気な彼に、僕は流されるままだ。
「よしくん、入れたから」
その一言と共に、マイクを僕に渡す。
もちろん、僕に断る術はないし、断らない。なんだかんだ言っても、僕も好きだから。
イントロが流れてくると、それだけで倉ちゃんは楽しそうに僕を見る。
僕はイントロを聴きながら、すでに歌の世界に気持ちを沈めている。
いよいよ歌の入り。
僕は若干のハスキーさを意識して、囁くように歌詞頭を歌う。目をつむり、それから続く歌詞の一節、一節に鬱屈とした想いを圧縮して乗せるように。
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