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サラリーマンのオッサンよろしく、モニターと僕を交互に見ながら歌う倉ちゃんは、とても楽しそうだ。僕から見ればいつも陽気なこの男も、曇ることがあるのかと興味をそそられる。いつか見てみたい。好きな人や気に入った人の苦悩に歪む顔を見るのが、僕は堪らなく好きだ。苦悩や葛藤ほど人間らしいことはないと思うから。
僕がそんなことを考えているとは思ってもいないだろう倉ちゃんは、最後にまた僕を指さし、「イライラするわー」と決めゼリフのように締めた。一曲歌っただけなのに、額に汗が浮いている。
「どう? 俺の『十戒』良かっただろ? よしくんのために歌ったから」
僕は、はい、はい、と聞き流して酒に口をつける。
それにしても、倉ちゃんはいつも全力だなと感心してしまう。陰な性格の僕には眩し過ぎる。いつか、この身を焼かれてしまうのではないかとさえ思える。でも、自分に無いものだからこそ惹かれてもしまう。
店も閉店になる頃、僕は一足先に帰り支度をする。倉ちゃんと来る時はいつものことだ。
「よしくん、またな」
ご陽気な倉ちゃんとママに見送られて、僕は店を後にし、めっきりと寒くなった夜風に吹かれながら、夜空を見上げる。上弦の月が、おまえはこっち側だと言わんばかりに、僕を見下ろしている。そうだね。僕はお前と一緒だ。太陽がないと光ることもできない。 ただ、照らされているだけの存在だ。でもね、羨むことはあっても、太陽になりたいと思ったことはないよ。お前もそうだろ? 月は月なりの在り方があるはずさ。
そんなことを思いながら、足早に家路を急いだ。
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