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まだかな。
私の目は、もう、風景と腕時計とを何往復もしているのに、針はちっとも前に進んでいなかった。
待ち合わせ場所に、二十分、早く着いてしまったのだ。
しばらくして、また腕時計を覗くと、さっき見た時からまだ一分も経っていなかった。
まだかな、まだかな。
私をこんなに待たせて、彼が来たら何て言ってやろうか。ふと、二十分後の私を想像してみた。全然待ってないよ、なんて言いながら、ほころび過ぎた顔を、手でぱたぱた扇いでいる姿が思い浮かんだ。きっと、そうなりそうで可笑しかった。
少し寒いけれど、手はポケットに入れないでいた。うんと冷やして、彼と手を繋いだ時、驚かせてやるのだ。
そんなことを思っていると、遠くから、ちょっと急ぎ目の足音が聞こえて来た。私は、この足音を知っていた。
待ち焦がれた瞬間が近付いて来る。
私は、音のする方に、今すぐにでも振り向きたいのに、いつも気付かない振りをしてしまう。
今日も、まだかな、を装って、つま先に目を落とした。
彼の声が聞こえた。
やっと、顔を上げられる。振り向いた私の顔は、すでにほころび過ぎていたに違いない。
全くの想像通り、彼が謝って、私が手をぱたぱたさせた。その時、腕時計の針がちらと見えた。
約束の時間より十五分早い、デートの始まりだ。
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