種田

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種田

 友原が学校に来なくなって三日、岡安はなんだか浮かない顔をしていて、どこかずっと上の空。珍しく俺から飯に誘ってみたものの、素っ気なく断られる始末だった。その次の日、登校だけはなぜか真面目にしていたそいつの席は空いていて、放課後、バイトもなかったし、アイスと煙草を買って岡安の家へ向かった。  もう何度訪れたのだろう。見慣れた薄暗い部屋、ソファの上で膝を抱えて蹲っている岡安と肩を並べて座っている。テーブルに置かれた冷え切ったココアは時間の経過を物語るかのように表面に薄い膜を作っていて、手を伸ばす気には更々ならなかった。  沈黙が少し気まずくなり、友原と何かあったのかと訊いてみても、顔も上げない。間を開けて、別に何もないよとこっちも見ずに返してきた声は今にも泣きますってくらい震えてるから、こいつらは本当に面倒くせーなとつくづく思う。 「喧嘩でもしたわけ?」  面倒くさいついでに尋ねてみたが、やはり返事は返ってこなかった。  時刻は午後五時。煙草に火をつける。閉め切った部屋に煙が充満していく。ゆるく弧を描いて上がっていく煙を眺めていると、岡安が徐に顔を上げ、テーブルの上のハイライトに手を伸ばした。 「喧嘩もできなかった」火をつけた煙草を蒸しながら、ポツリと呟く。「友原さんに振られた」 「今更振った振られたとかやってんの?」 「種田くんとは比較しないでって言われた」 「話が全く読めないんだけど」 「僕は嫌で、種田くんだったらいいみたい」 「なにが俺ならいいわけ?」 「友原さんの指を舐めるの」 「え、なにそれキモ」 「挙句、家に行くのも断られた」 「俺も昨日お前に飯断られたんだけど」 「ほんとね。拒否ってるのに、なんでいるのさ」  言いながら笑う岡安があまりに弱々しくて、空いてる左手をその痛みきった白髪に乗せる。途端に撫でろと言わんばかりに目を閉じて、頭をこちらに向けてくるから、マジ気持ちわりーと思いながらも撫でてやってる自分もやばいな。にしても髪の毛痛みすぎだろ。 「お前が珍しく学校休むからだろ」 「じゃあこれから来てほしい時は休むね?」 「次から金取る」 「払います」 「払うな気持ちわりー」岡安の頭から手を退け、煙草を火消しにねじ込んで立ち上がる。「アイス食う?」  こくりと頷いた岡安を残してリビングからキッチンへ移動する。次はコーヒーでも淹れようと電子ポットに水を入れ、スイッチを入れる。 「友原さんにね」カップアイスを手にリビングへ戻ろうとしたとき、振り向いて、背もたれから顔を覗かせた岡安が、低めの声色で言った。「僕は種田くんとは違うって、そう言われたんだ」  また泣きそうな顔しやがって。 「友原さんが種田くんに盗られちゃうかもって思って、ちょっと嫉妬した」 「そんなことにはなんねーし、取る気もねーわ」 「種田くんにその気がなくても友原さんがゾッコンなのかなって」 「んなわけあるか。あれから一回もヤってねーし」 「え、そうなの?」  ソファに戻ってアイスを手渡すと、少し嬉しそうな岡安の顔。まるで百面相だな。 「俺からしたら、岡安も友原も違う」 「え?」 「比べる対象じゃねーの。お前は友原にはならないし、友原もお前にはなれない」 「それはそうだけどさ」 「別に、お前を突き放したくて言ったわけじゃないと思うけど」 「友原さんのドラフトが変わったわけじゃないのかな?」 「俺は、友原の中のお前にはなれないってことだよ」 「なにそれ、深すぎてわかんない」 「前にも言っただろ。親密度的なのがちげーんだよ」  締め切った部屋のこもった暑さで、手に持ったままのアイスが段々溶けてきているのがわかる。まあちょっと溶けて柔らかくなった頃が一番食べごろだし、別にいいか。 「お前は俺が見たことない友原を見てきてて、俺が知らないことをたくさん共有してるだろ」 「まあ、付き合いは長いけど」 「そういうことだよ」  キッチンで、先ほどセットした電子ポットが鳴った。俺の言葉に首を傾げながらアイスの包みを開ける岡安の頭にもう一度手を置き、今度はガシガシと強めに擦るようにすると、なぜか気持ちよさそうに目を細める姿は犬みたいだ。 「コーヒー淹れてやるよ」 「ありがとう。種田くん愛してる」 「ホント都合いいのな」  まあ、そんなこと言える元気があれば大丈夫だろう。友原もじきに連絡を寄越すだろうし、学祭の準備も大詰めなわけで、そのうち学校で会えるはずだ。  その日は結局、岡安の家に泊まった。翌日からは俺もバイトで何日か軽く会話を交わすだけの日々が続き、一週間もしないうちに友原がひょっこり登校してきたから、こいつらは本当に面倒くせーなとつくづく思った。
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