藤城

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「君ってさ、種田くんのこと好きなの?」  放課後、下駄箱で靴を履き替えていると、後ろから声をかけられ、振り返ったそこには見慣れた白髪がゆらゆら揺れていた。下駄箱に寄り掛かって私を見下ろす岡安先輩の姿に血の気が引く。 「え」 「え、じゃなくて、どーなの?」 「なんのことですか」 「白々しいなー。いっつも種田くんのこと見てるくせに」  意地悪そうに微笑む先輩が怖くて視線を逸らす。明らかに動揺している私の姿はきっと肯定しているのと同じことで、どうやってこの場を切り抜けようか必死で考える。 「別に隠す必要ないじゃん。種田くん恰好良いし」 「すみません」 「なんで謝んの?」 「いや、その、私、そんなに分かり易かったですか?」  咄嗟に出た謝罪の言葉と、素直な気持ちに恥ずかしくなった。さっき血の気の引いた顔は赤くなっていくのが自分でもわかるくらい今は熱い。恐る恐る岡安先輩を見ると、目を丸くして笑いを堪えているのか口元に手を当てていた。 「なに、すっごくピュアなの?生娘なの?」 「え」 「いやごめんね、びっくりしちゃってつい」分かり易いにもほどがあるよ、と続けて、抑えられなくなったのか、ゲラゲラ笑いながら謝る姿は想像していた怖そうな印象とは少し違った。  恥ずかしさのあまり私は走って玄関を飛び出し、夢中で坂を下った。種田先輩への恋心があの意地悪そうな岡安という男に悟られてしまったのはまずい。だって最近二人は一緒にいることが多いし、あの通学の電車の中できっと面白おかしく話されて、私のことなんてちっとも知らない種田先輩は私を気持ち悪がって多分会話を交わすことなく卒業してしまう。そんな未来予想図が頭の中で繰り広げられ、早足で向かった電停で学生の列の最後尾に並んだ私は項垂れるしかなかった。せっかくできた学祭の実行委員という接点も水の泡。  乾いた金属音を鳴らして電車がやってくると、長い列を作っていた学生たちが次々に乗り込んでいく。小さな路面電車はすぐに満員状態になってしまい、私は最後尾で、時間に追われているわけでもないので、この電車には乗らず、次の電車で座って帰ることにした。  扉が閉まり、目の前を古びた電車が通り過ぎるのを見送ると、広がった視界の端に見慣れた三人組を捉えて、体が硬直するのが分かった。 「あ、生娘ちゃん」ヘラヘラと笑いながら右手を大きく私の方に振ってくる岡安先輩はとても楽しそうだ。「乗りそびれたの?」 「いや、次の電車にしようかなと」さらば私の恋。しかもそんな恥ずかしい呼び方、もう泣き出しそうだ。 「あーわかる。混んでるのうざいよねー」  さっき初めて顔を合わせて会話をしたというのに、遠慮なしに話しかけてきて、横にぴったりと並ぶ。彼を見上げると、不思議そうにこちらを覗き込んでいる栗色の長い髪と瞳が綺麗な友原先輩と、ずっと眺めていた恰好良い種田先輩の顔があって、顔が熱くなる。 「あ、実行委員にいた子」 「え、あ、はい。藤城といいます」驚いた。私のことを認識してくれてたなんて。それだけで私の心は満たされてしまうのだから、本当に恋って単純。 「なに、二人とも知り合い?」  栗色の髪を揺らしながら、長い睫毛が瞬きを繰り返し、こちらを見ている。うんうん、と首を縦に振った種田先輩は優しく笑ってこっちを見てくれた。 「一年生だよね。種田ですよろしく」 「はい!お願いします!」初めての会話に、緊張して言葉に力が入ってしまった。いや、正確に言うと全然会話できる余裕ないんだけど。 「友原でーす」そう言って種田先輩の腕に自分の腕を絡ませる。美男美女すぎて言葉が出ない。「種田くんの彼女でーす」 「初対面の相手にいきなり嘘つくやつある?」 「冗談じゃん。ノってよ、つまんないなー」  一瞬視界が真っ白になったが、絡ませた腕を払う種田先輩を見て胸を撫で下ろす。冗談なのね。いや、本当に冗談だよね?あんまりナチュラルに密着するからリアリティすごかったよ。 「生娘ちゃんなんだからあんまり意地悪しちゃダメ」いつの間にか私の肩に腕を回した岡安先輩は強く私を引き寄せながら言う。「僕が手取り足取り教えてあげるの」 「お前が一番危険だから近寄るな」 「やだーこの子面白くて僕興味津々なのー」 「いや、ほんと離れて」岡安先輩を引き剥がして、種田先輩は私の隣に立つ。バニラの香りがふんわりして、心臓の動きが早くなる。「ごめんなまじで」 「いえ、全然」と言うものの、肩を抱かれて少し怯んだのは確かで、少し怖かったですけど、と口をついて出てしまう。 「岡安があんなこと言うなんて珍しいからさ、嫌わないでやって」 「そうなんですか?」 「そうなんです。迷惑だと思うけど」  苦笑いしながら頭を掻くその姿も本当に恰好良い。どうせなら種田先輩に興味を持ってほしかったな、なんて思ってるこの気持ちを、当の本人は気付いているのだろうか。 「バニラの香りがします」 「ん?」 「香水ですか?」 「ああ、苦手?」 「いえ、いい香りです」  共通の話題なんてなくて、必死に絞り出したその会話は、よく考えるとちょっと気持ち悪かったかもしれない。これが、私と種田先輩とのファーストコンタクト。
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