種田

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種田

 木々は青葉の衣を纏い、薄い雲が空を覆っている。澄み切った空気を肺に目一杯吸い込むと、体内が浄化されていくような気がする。  六月中旬、いつもの屋上。隣を見ると、薄く真っ白なワイシャツとこれまた真っ白なボサボサの髪を風に揺らしながら、煙草を咥えて空を仰ぐ岡安がいる。二人でこうして肩を並べて地べたにだらしなく腰を下ろし、中身のない時間を過ごすのも、もう日課となってしまった。 「一日長いなー」 「学祭準備してたらあっという間だよ」 「学祭とか興味ないもん」 「興味なくても学生の義務なんだよ」 「それより僕は種田くんとエッチしたいよ」  こういうこと、真面目なトーンで言ってくるから調子が狂う。友原の誘いを断って岡安の家に行った日以来、俺たちの関係は必然的に深まってしまい、スキンシップはもちろん、二人で過ごす時間も増えたし、同じベッドで寝ることなんかもある。それはつまり、そういうことなんだが、正直に言うと、女とするのと変わんないかもなんて、キスをしたあの時の感情に変化はそんなになかった。しかし、周りに隠したいのは事実なのであって、かなり複雑。 「種田くん最近全然かまってくれないし、僕寂しいんだけど」 「俺は準備で忙しいの」 「実行委員長様だもんね」 「なりたくてなったんじゃねーよ」  成り行きとはいえ、実行委員長なんて大役を任せられてしまった以上は、最後の学祭は成功させたかった。七月の開催に向けて、実行委員長の挨拶から、テーマやイベント、体育館での音楽ステージなど催し物の打ち合わせ、配布物や装飾の準備など、やることは山積みで、日々時間に追われている。今はその忙しない空間から一時逃れたくて、屋上に一服しに来たってわけ。 「優里亜ちゃんとはどうなの?」 「お前には関係ねーだろ」 「あるよ大ありだよ!」煙草を地面に押しつけ、体をこちらへ乗り出しす。「僕の恋のライバルだもん!」 「いや、まず土俵が違うからね?」 「僕が男の子だからってこと?」 「ちげーよ、ばかだな」悲しげに眉毛をハの字にする岡安に思わず笑ってしまう。  なぜか岡安と面識があったあの藤城という一年生はどうやら俺に好意を持ってくれているらしい。それは接していてすぐに分かった。実行委員も一緒で何かと話す機会もあり、その度顔を赤くして、満面の笑みを向けてくるし、体育館でのステージ照明係を二人一組で決めようとした時は、俺がやると言うと被せ気味で立候補してきた。でも実際、彼女のことをそんなに知っているわけではないし、いつの間にかこんな関係になってしまった岡安と比べるのはお門違いなような気がする。 「じゃなに?もう付き合ってるとか?」 「違うって。お前とあの子とじゃ親密度?みたいなのが違うだろってこと」  言って、なに言ってるんだ俺は、と頭を抱える。なんか岡安の方が有利ですよ?って言ってるみたいじゃね?見ると当の本人は目を見開いて、口を半開きにしたまま停止していた。 「なに、死んだの?」 「ある意味殺された、種田くんに」そう言いながら抱きついてきた岡安の体重が俺にかかり、体勢を崩す。「悩殺なんだけど大好き」 「きもいから離れて」 「もうそういうので僕勃っちゃうかも」  こいつはどこまでもマゾなのか、と再確認。引き剥がそうと首根を引っ張るが、益々腕に力を入れる様子に呆れていると、背後のドアが開く金属音がした。ゆっくりと振り返るとそこにはすらりとした白い足で仁王立ちした友原がいる。 「ちょっと!」友原はワイシャツの後ろ襟を掴み、岡安を引き剥がす。「私の種田くんにべたべたしないで!」 「ごめん友原さん!友原さんが一番好きだから許して?」 「何言ってんのチリチリ天パのくせに」 「違いますー人工パーマですー」 「趣味悪いの早く気づきな?」 「友原さんも好きなくせにー」 「まじうざいんですけど」  言い合いながら戯れてるのか喧嘩してるのかわからない二人も段々見慣れてきたな。横目でその光景を見ながらポケットから煙草を取り出すと、友原が岡安との間に入ってきて、腰を下ろした。 「ねー学祭さ、三人で回ろうよ」拒否権ないから、と付け足し、友原も煙草を咥えて、火をつける。 「なにそれ楽しそうだから大賛成」 「俺も昼過ぎくらいなら時間ありそうだし、その時でいいなら」 「じゃ、決まりね」  もうすぐ季節は夏。この前まで寒いと思ってた外の風はもう生温いものに変わっていた。季節が過ぎるのと同じくらいの速さで、こいつらとの関係もどんどん深くなっていってて、最初は面倒だとしか思ってなかった二人を受け入れてる自分がここにいる。このままこの関係が続けばいいなんて考えてることは、自分の中に閉まっておこうと思った。
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