種田

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「戻りましたー」  委員会室に戻ると、同じ学年の小柳が机に突っ伏しており、他に生徒の姿はなかった。部屋には雑多に置かれた資料やペンキ塗りかけの看板が散乱しており、作業が順調でないことは一目瞭然。  小柳とは中学からの仲で、当時は共にバレー部に所属していたが、今では片や皆が慕う不動のエース、片やただただ怠惰に学生生活を送る雇われ学祭実行委員長だ。 「あ、おかえりー」顔だけをこちらに向けて気怠そうな声を出す。「さぼってんじゃねーよ」 「お前もさぼってんじゃねーか」 「俺は全力でぶつかって砕けたの」 「砕けんなよ、エースのくせに」 「土壇場に本気出すタイプなんだよ」  小柳の机にはノートパソコンが無造作に置かれていて、どうやら彼は学祭のイベント要項を作っているようだった。 「他の連中は?」 「買い出し行ってるわ」そう言って指を刺す先には先ほど目に入った看板があり、今年の学祭のテーマがどでかく書かれている。「ペンキ無くなったんだって。ついでにいろいろ買ってくるからってみんな連れてっちまった」  イベント参加のアンケートを集計するというのが今日の俺に課せられたノルマだったと思い出し、小柳の向かい側に腰掛け、目の前のアンケート用紙をめくる。全校生徒分のアンケートは見るだけでげんなりする量で、気分が滅入った。 「そんなことより」突っ伏していた小柳はいつの間にか背もたれに体重をかけ、怪訝そうな顔で俺を見ている。「お前、いつから友原ちゃんと仲良くなったんだよ」 「三年なってすぐくらいからかな」 「付き合ってんの?」 「付き合ってはない」 「しっかりやることはやってるってことか」否定も肯定もしない俺を見て、ニヤリと笑いながら、ふふーんと鼻を鳴らす。「意外と隅に置けないねー洋一くん」  言われてふと考える。果たして岡安と友原、そして俺、この関係に名前をつけると何になるのか。好きだ大好きだと言ってくるものの、付き合うとか付き合わないとか、そういう会話はなく、ただ慰め合っているような関係。これは所謂、セフレというものなのだろうか。流されるまま今に落ち着いてしまったが、側から見ると異常な関係なのは間違いない。 「最低だよな、良く考えると」 「は?」  ぽつりと出てしまった言葉に、小柳はぽかんと口を開けている。こんなアホズラしてる奴がコートに立つと黄色い歓声を浴びるのか。世の中わかんないもんだな。 「お前さ、三年入って、なんか変わったよな」 「なんも変わってねーよ」 「いや変わった。なんつーか、話しかけづらくなった」  首の後ろを掻きながらだるそうに言われたその言葉は、先ほどあいつらとの関係が心地よく、このまま緩く続いていけばいいと思った俺になぜか深く刺さった。 「岡安ってやつもなんかすげー変わり者じゃん」 「まあ確かに変わってるな」 「最近あいつらと一緒にいるからバレーも来ねーし」 「それは関係ねーよ」 「庇うなよ気持ちわりーな」  ばつが悪くて、アンケート用紙を意味もなくめくる。 「余計なお世話かもしれないけど、あんま関わんないほうがいいんじゃね?」顔を上げると、真っ直ぐ俺を見据える目と視線がぶつかる。「最近のお前、なに考えてんのかわかんねーよ」  言い返せない自分がいることになぜか腹が立つ。特に深く誰かと仲良くしていた訳ではなかったが、小柳をはじめ、中学からの付き合いがある奴や、クラスメートとも適当な距離を保ちつつ、学生生活を送っていた。それが三年になり、あの二人と関わりを持ち始めてからは、三人での時間が知らないうちに長くなっている。それはきっと岡安の異様な雰囲気と、友原の他を寄せ付けない態度が原因なのは明白だ。なにせあいつら二人はもともと浮いてたから、そこに俺が入ったって感じなんだろう。 「進路とか、いろいろあんだしよ」 「ただいまー」  小柳の言葉を遮るように、教室のドアが勢いよく開き、間の抜けた声が響いた。そこには買い出しに行っていた委員会の生徒がいて、大きな買い物袋をそれぞれが両手にぶら下げている。重いとか、疲れたとか、愚痴をこぼすそいつらの元へ俺たちは重い腰を上げて向かう。 「小柳」 「あ?」 「なんか、ありがとな」 「おう」  受け取った荷物は思ったよりも重く、中には色とりどりのペンキが無造作に入っている。教室の隅に運びながら小柳に言葉かけると照れ臭そうな笑顔を向けてきたので、やっぱり友達って大切だなと感じたし、今度久しぶりに昼休みのバレーに混ざろうかなと思った。
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