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岡安
六月ってこんなに暑かったっけ。手をかざして見上げた先、燦々と輝く太陽を睨みつける。七月中旬並みの暑さになるでしょう。可愛いお天気キャスターのお姉さんが朝テレビ越しにそう微笑んでいたのを思い出した。シャツの袖をまくろうとして、やめる。昨日腕に三箇所、煙草を押しつけられたばかりだった。こういう時に安易に見せられないこの体が不便だと実感する。
屋上での一服タイムを終え、学祭で使う神輿を作るためにこの暑さの中玄関先でせっせと土台の木材を切るという過酷な労働を強いられているのは、僕と数人のクラスメートたち。重労働でヘトヘトな僕に比べ、周りの生徒は和気藹々と楽しそうに作業をしており、若いな、青春だな、なんて思っている僕ってやっぱり高校生活失敗してる?
「先生からアイスの差し入れでーす」
階段に腰を下ろしながらぼんやりそんなことを考えていると、後ろから足音がして、振り返った先には教室で模擬店の準備をしていたはずの友原さんがビニール袋を両手に下げて立っていた。
普段は下ろしている緩く巻かれた長い髪を高い位置でポニーテールにして、白いうなじが露わになっている。ついでに半袖のブラウスと短いスカートから伸びたしなやかな腕と脚がとってもセクシーで、今の今まで作業に夢中だった連中の視線が一気に集まっているし、アイスを口実にぞろぞろと男たちが群がっていくのは少し腹が立った。
そんなクラスメートを横目に、置いていたペットボトルを手に取る。アイスは食べたい。友原さんが持ってきてくれたんだし。でもその他大勢と一緒になるのは嫌だった。キャップをひねり、口をつけようとした時、嗅ぎ慣れた甘い香りが鼻をかすめて、手を止める。
「岡安はこれ」
見上げた先には棒状のアイスを差し出す友原さんの姿があって、もう片方の手に持っている溶けはじめたアイスと同じように、僕の醜い嫉妬心も溶かされていくような気がした。
「好きでしょ、苺味」
「大好きです」
「そんなに?」
「そうじゃなくて、友原さんが大好きです」
「なにそれきも」そう言って笑いながら僕の横に座る。「溶けないうちに食べなよ」
受け取ったアイスの包みを開け、ひと舐めすると舌に痛みに似た冷たい感覚がして、遅れて甘さがやってきた。友原さんを見ると、溶け出したアイスが棒を伝って手についたのか、最悪、と声を漏らしている。
「僕が舐めてあげる」
「遠慮します」
ひど、そんな本当に嫌そうな顔しないでよ。ちょっと本気で言ったんだけど。
「種田くんだったら舐めてもらう?」
今度の台詞は冗談で言ったのに、急に友原さんの顔が真剣になって驚く。なに、僕なんか悪いこと言った?さっきから地雷踏みまくり?
「種田くんと比較しないで」
「なにそれ、酷くない?」
「あんたは種田くんとは違うの」
真剣な眼差しに少し怯む。いつの間にそこまで種田くんにご執心だったのか。狼狽えていると、友原さんの携帯電話が鳴り、素っ気なく視線は逸らされる。
携帯の画面を一瞥すると、私戻るね、と立ち上がり校舎に向かって歩き出してしまった。その冷たい態度と声色に、嫌われてしまったのではないかと不安が込み上げてきて、友原さんの背中に向かって声を振り絞る。
「今夜、友原さんのお家行ってもいい?」
「だめ。今日は来ないで」
振り向かずに返されたその言葉は僕には十分効果的。校舎に消えてしまった友原さんは、そこから三日間連絡も寄越さず、学校にも来ていない。僕も顔を合わせるのがなんと無く怖くて、家に尋ねるのは勿論、いつも意味もなく送っているような簡単なメッセージを送信することさえできなかった。
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