種田

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種田

 十八階からの景色は想像していたよりも良いものであった。繁華街を見下ろすことができ、夜の十時を回ったにも関わらず、明かりがそこら中で点っている。先ほどまで降っていた雨が上がり、光が反射して、幻想的でもあった。  ベッドで眠っている友原を起こさないよう、摺り足で移動するが、閑散としたこの部屋では少しの音も響いてしまう。ソファーに置かれている鞄を回収し、また摺り足で出口へ向かう。そっとドアノブを回すが、どうしてもなってしまうがちゃりという鈍い音がこれほど憎く思えたのは初めてだった。  遡ること四時間前、午後六時をすぎた頃だった。重く暗い雲が空を覆っており、今にも雨が降りそう。バイト先で知り合った大学生の男と繁華街で飯を食った帰り道、派手な女がコンビニから出てきた。ゆるく巻かれた栗色の髪、俺と同じ高校の制服に、これでもかというくらい短く折られたスカートから細く白い足が伸びている。岡安と先日話題に上がったこともあり、一目で友原だとわかった。体格のいい男と一緒にいるが、なにやら口論になっている様子だ。まあ、俺には関係ない。雨が降る前に早く帰らなければ。 「種田くん!」素通りしようとすると背後から甲高い声がこちらに投げつけられた「ここだよ!待ちくたびれちゃった」  わけもわからず振り向くと、こちらに走り寄ってくる友原の姿が目に飛び込んでくる。その後を体格のいい男がのろのろと付いてきていた。来るな。面倒事が服を着て近づいて来ているようにしか見えない。 「私この人と待ち合わせしているの」俺の腕に絡みついてきた友原が、男に向かってそう言い放った。甘い香水の匂いが鼻をかすめる。「だからもう消えて」  なるほど、俺は今、友原と親しい間柄にされて、男を追い払うのに使われてるわけか。  体格のいい男が舌打ちをし、小声で何かを吐き捨てて人並みに消えていったのを見届けると、友原はようやく俺から離れ、助かっちゃったよと笑顔を見せた。艶っぽい唇が弧を描き、綺麗に並んだ歯を覗かせる。 「変なことに巻き込むなよ」本心ではなかった。美人に密着されることは不快ではなかったし、なにより、彼女には少し興味を持っていた。 「ごめんね」少し申し訳なそうに眉を寄せて上目遣いをしてくる友原に、不覚にも言い返せない自分がいた。「今、帰り?」 「そうだよ」 「じゃあさ、うちに来ない?」  唐突で直球すぎる言葉にたじろぐ。咄嗟に言葉が出てこず、何故か腕時計に目をやり、それから斜め上を眺めてみたりもした。後から下品なことを考えてしまった自分に、突然罪悪感が湧いた。 「何か予定あった?今日はとても私にとって都合がいい日なんだけど、だめかな?」 「だめとかではなく、なんで急にそうなる」 「種田くんと寝たいから」  また、友原は自分の体を俺に密着させてくる。そういう経験が無いわけでは勿論なかったが、こんな艶っぽい美人から恥ずかしくなるほど素直な誘いは当然受けたことなどなく、少し体が高揚した。  話が美味すぎると警戒心も抱いた。それは友原の「うち」が繁華街からすぐ近くの高層マンションで、さらに最上階であったことからでもあったが、部屋に入り、俺がバッグをソファに置いたのと同時に、下着姿になっていた友原を見た瞬間、それは完全に理性を道連れに頭の隅に追いやられていた。  日はもう完全に落ち、薄暗い部屋に下着姿の友原と制服姿の俺。キングサイズのベッドとソファーしかない寝室で、つい数十分前に初めて会話を交わした男女が向かい合っているというのは現実味に欠ける。  雨粒が窓を叩く音と、友原が裸足でフローリングを歩く音だけが響いている。 「ここね、パパが借りてくれてるお部屋なの。人を呼ぶのは種田くんで二人目」自分の下着姿を恥じることもなく、ベッドに腰掛けた友原が言う。「誰でも誘ってるわけじゃないのよ」 「いつもあんなにがっついてるのかと思ったよ」 「まさか。私は誰よりも相手を選ぶよ。それに、種田くんは岡安のお気に入りみたいだし、興味があった」  上着を脱いでベッドに腰掛けると、友原は俺にまたがるように座り直し、細く長い指が慣れた手つきでワイシャツのボタンを外していく。柔らかい感触と、生暖かい体温が脚に伝わり、心臓が少し跳ねる。 「俺、お気に入りなの?」 「そう。だから先に私が味見しとこうかなって」  全てのボタンが外れたのと同時に、友原の艶っぽい唇が俺の唇と重なり、小さな音を立てた。あ、なんかいい匂いする。 「先にって、俺はいつか岡安にも味見されるわけ?あいつゲイなの?」 「ゲイではないよ。私としてる時もちゃんと勃ってるし」友原は恥じらうことなく、下品なことをしれっと口にする。「どっちでもいけるんだよ。きっと」 「俺はそんな趣味ないけどな」言って白く華奢な肩を掴み、体を反転させた。少し驚いた表情でベッドに沈んだ友原を見下ろす。俺の中の支配欲というのか、そういう黒く、熱い気持ちが沸き上がるのがわかった。「俺は可愛い子に突っ込む専門なの。ついでに好みのタイプはDカップ以上でフェラが上手い子」 「それって私のことじゃん?」  どんだけポジティブなんだよ。そう思いながらも、そろそろ俺の理性も限界だった。  俺はゴムの口を縛り、友原は背中をこちらに向けて横になっている。特になにも会話をすることはなかった。少し話題を探してもみたが、直に友原から規則正しい寝息が聞こえてきたので、その必要がなくなった。静かに制服を身につけて、冒頭に戻る。ドアを開けるとそこには、岡安の姿があった。
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