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岡安
雨は嫌いだ。体中の傷とか痣が無条件に痛むし、気分も憂鬱になる。偏頭痛まで僕を襲ってくる始末だ。やっぱり友原さんのお家にしけ込むべきだった。こんな日に、何が悲しくて男を待つのか。
時刻は午後の七時を回った頃、家族連れで混雑したファミリーレストラン。窓ガラスに打ち付ける雨粒を頬杖をついて眺めながらそんなことを考えていると、たっちゃんはのろのろとやってきた。上下スエット姿、肩まであるウェーブのかかった髪を後ろで束ね、薄くあご髭を生やしているその姿は到底大学生には見えない。
「遅いんだけど」
「イケメンとデートしてたら遅れた」
「なにそれキモ」
人を待たせておいて呑気な男だ。昼間にいきなりディナーをしようと場所まで指定して連絡を寄越したくせに、飯食って来たからとさらりと言われ、僕の怒りは最高潮。ついでに頭痛もひどくなってきた。本当に自分勝手な奴だと心の底から思う。
僕の斜め向かいに座り、メニューも見ずにアイスコーヒーを頼む。
「野田さんに頼まれて持ってきた」そう言ってスエットのポケットから茶封筒を取り出し、僕の方へ差し出した。「これ今月分ね」
中身は確認する必要もない。もう二年近く、こうしてお金を稼いでいる。このお金は、女の子たちを野田さんに紹介したお金。仲介料みたいなもの。後ろめたい気持ちがないわけではないが、お金が欲しい女の子がいるのも事実だ。そのままスクールバッグに突っ込む。あ、今月は意外とあるな。ケーキでも買って、友原さんに会いに行こうかな。
アイスコーヒーが運ばれてくる。僕が先に頼んだメロンソーダはもう氷が溶けて半分水の状態。
ファミリーレストランを出たのは午後九時を回った頃だった。たっちゃんとは何だかんだ四年くらい付き合いがあるから、お兄ちゃんみたいな存在で、困ったことはないかとか、学校にはちゃんといってるかとか、根掘り葉掘りいろいろ聞かれて、こんな時間になってしまった。
雨は相変わらず降り続いている。たっちゃんと別れた後、コンビニに寄り、友原さんが好きなカップのアイスと煙草を買って、早足で繁華街からすぐ近くの高層マンションに向かう。合鍵でオートロックを解除して、最上階を目指すエレベーターに乗った。雨に打たれて寒いし、頭も体も痛い。早く友原さんに会いたい。
エレベーターを降りて、ドアを開けると、そこには脱ぎっぱなしのヒールとローファー、そして、男物のスニーカー。一瞬思考が停止したが、冷静になった時に、僕が友原さんの行動に制限をかけられる立場ではないことを痛感する。ゆっくりと寝室のドアに向かうと、友原さんの小さな声と、ベッドの軋む音が聞こえてきた。ドアを開けることができず、引き返すこともできず、体が硬直したまま動かない。友原さんの甘い声に、下半身だけが反応していた。
体がいうことを聞かないまま、どれだけの時間が経っただろうか。もうアイスは溶けてしまっただろうか。そういえば中が静かになったな。煙草吸いたいな。
そしてゆっくり扉が開くと、そこには乱れた制服姿でバッグを抱える種田くんの姿があった。こんな状況でも、恰好良い顔。
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