種田

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種田

「お前、いたの」 「たぶん一時間くらい」  顔青すぎ。一時間近く突っ立ってればそんな風にもなるか。だから、きっと嘘じゃない。全部聞かれてたのかよ。 「とりあえず、話そう」ゆっくり寝室のドアを閉め、宥めるように岡安の肩に触れる。なんだよこの肩女かよ。てかなんで俺焦ってんの?やっぱりこいつら付き合ってんの?鍵だって合鍵で入ってきたってことだろ?それってやっぱ付き合ってんじゃん。  力のない岡安と廊下を歩き、馬鹿でかいリビングに誘導する。家具といえば三人がけソファーとローテーブルが置かれ、それ以外は必要最低限の家電しかない。  並んでソファーに座り、暫くの沈黙の後、岡安は手に下げていたビニール袋を漁り始めた。包丁でも出てくるのではと一瞬身構えたが、その手に持たれていたのは煙草。ビニールを手際よく外し、一本咥え、火を点けた。 「気持ちよかった?」  直球かよ。必死に言葉を探すが、何を言っても結果最低男なのは変わりないよな。人の女に手出すなんてまじ俺ありえねーけど誘ってきたのは友原だけどそれを言ったら火に油なのでは。結果続けて出たのはごめんと言う薄っぺらい謝罪の言葉。岡安の顔が見られない。 「フェラしてもらった?」 「それ訊く?」 「友原さんってイケメンしかしゃぶらないんだ」  煙草の灰をローテーブルの上の灰皿に落としながら言う岡安のトーンは屋上で話をした時とそんなに変わらないように聞こえる。平静を装っているのか、口振り的に、友原が浮気の常習犯で慣れているのか。何にせよ、その声色は怒っているそれではない。いろんな可能性を考え、岡安が火消しに煙草を突っ込むまで何も言えなかった。 「なんか飲む?」言って立ち上がった岡安はゆっくりとキッチンに向かう。いつもやっていると言わんばかりの手つきでカップを出し、冷蔵庫を開ける。「麦茶かビールしかないや」 「いや、俺もう帰るよ」 「だめ」麦茶が注がれたカップを両手に持ち、岡安が戻ってくる。「僕の友原さんに手を出した罪は重いよ?」  カップをテーブルに置くと、次はソファーの上に胡座をかき、こちらを向いている。恐る恐るそちらを向くと、息がかかる距離に岡安の顔があり、たじろぐ。  岡安の手が俺の手に触れた。その冷たい手に意識が向いた瞬間、岡安の顔がドアップになる。え、なに、とうとう殺されるの俺?  岡安にキスされたことに気づいたのは、奴の舌が俺の唇を割って入ってきた時だった。一瞬頭がフリーズしたが、咄嗟に細い肩を押し返し、距離を取る。男とキスするなんて経験あるわけもなく、顔に血が昇るのがわかった。 「なにすんの」 「種田くんがあんまり恰好いいから」 「え、友原としたのに怒ってたんじゃねえの?」 「ちょっと意地悪しただけ」へらへら笑いながら、岡安はふたたび煙草を手に取る。「友原さんに先越されちゃったなー」  とりあえず、友原との件は大丈夫そうだな、と安心しかけたが、先越されちゃったってなに?友原も言ってたけど、やっぱりこいつって男もいけるの?俺狙われてるの? 「俺、そんな趣味ないんだけど」 「大丈夫。僕がリードしてあげるから」 「いや、そう言う問題じゃなくて」 「なんなら友原さんとサンピーでも」 「なんか具合悪くなってきたからもうやめて」  俺も煙草をポケットから出し、火を点ける。本当に碌でもない奴とお近づきになってしまったものだと気分が憂鬱になる。岡安を見ると、不気味な笑顔で窓の外を見つめていた。重たい雲が姿を消し、眩しいくらいの月明かりに照らされた岡安は今にも消えてしまいそうなほど色素が薄くて細い。女みたいに綺麗だって思った俺も相当どうかしてる。
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