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岡安
ハンバーガーの包みを開けつつ、目の前でポテトを食べながら携帯電話を操作する友原さんを眺める。細いポテトを摘むのにも、液晶に触れるのにも、長い爪が邪魔そうだ。見られていることに気づいた友原さんが、なに?と短く尋ねてきたので、なんでもないと視線を落とす。
今日はお互い客がいなくて、駅前のファストフード店で時間を持て余していた。特に会話をするわけでもなく、向かい合わせに座っているだけで、それぞれの時間が流れていた。
なんだか風が冷たくて寒いし、食事が済んだら友原さんのお家に行って、一緒にベッドに入ろう。そんなことを考えていたら突然名前を呼ばれ、顔を上げる。両肘をテーブルにつき、頬に手を当てた友原さんがこちらを見ていた。その白くて細い指が毎度自分の背中に爪を立て、ぷっくりとした艶のある唇から甘い声を漏らしていると考えると、ちょっと興奮した。
「種田くんの連絡先知ってる?」
「知ってる」
「呼んで欲しいんだけど」
頭の中で今日のセックスはどんな風にしようかなんて考えていたのに、他の男の名前を挙げられ切ない気持ちになりながらも、種田くんに会いたい自分もいて、複雑。
「連絡してみるね」
でも一番はやっぱり友原さんで、自分の醜い嫉妬心を悟られまいとヘラヘラ笑って、携帯電話を取り出して見せた。
メッセージを送ると、意外と早く返事が返ってきて、それが嬉しくて思わず電話をかける。断られたら嫌だし、電話が繋がった瞬間、早口で店の名前を伝えて終話した。
十分ほどすると、種田くんが寒さに頬を赤く染めながら現れた。よお、と低い声を出す。相変わらず恰好良い顔。
冷たくなったスクールバッグを僕の横に置くと、財布だけを取り出し注文をしにカウンターへ向かってしまったので、僕は反射的に後を追う。
「なんか怒ってる?」
「あ?怒ってねーよ」
「奢ってあげるから許して?」
「だから怒ってねーって」
カウンターにもたれ体を擦り寄せると、種田くんからは外の匂いと、バニラの香りがした。テンポよく注文を済ませて、トレーを受け取る。あー、横顔も恰好良いな。
「なんか俺に用だったの?」急に視線があって、心臓が跳ねる。
「友原さんが種田くんに会いたいって」
「それだけ?」
岡安が会いたかったんじゃないんだ、と少し意地悪な笑顔を向けてくる種田くんは少し意外だったけど、そういう冗談が平気で言えちゃうからモテるんだなと納得する。並んで腰掛けると、頬杖をついた友原さんが頬を膨らませてこちらを睨んできた。
「妬けるんですけど」
「俺になんか用?」
「会いたかったの。それだけ」
友原さんは自分の気持ちに実直で、羨ましい。変な駆け引きをしないから、誤解を生まない。僕とは真逆だ。僕は自分の気持ちを知られるのが怖くて、嘘を吐くし、相手を試す。求めてくる人は拒むことができないし、去って行った人を追いかける勇気がない。
そんなことを考えていると、友原さんと種田くんが連絡先を交換している。今度は二人で会うのかな。
「種田くんってさ」携帯電話をテーブルに置いた友原さんは、種田くんを真っ直ぐ見つめながら口を開く。「部活入ってないの?」
「ないね」
「なんで?運動できそうじゃん?」
「できるよ」別に自慢するような口振りではない。「めんどくせーの。集団行動」
食べ終わったハンバーガーの包みを丸めながら、やる気のなさそうな声を出す。
「バイトは?」
「してるよ」
「どこで?」
「本町の居酒屋。海の家ってとこ」
え、と友原さんと顔を見合わせ、時間が止まる。ビー玉見たいな目をこぼれ落ちそうなくらい大きく見開いている。多分僕も、相当間抜けな顔をしている。
「なに、その店になんかあんの?」
友原さんは口をぱくぱくして、顎で僕になんか言え、と指示するように首を振る。
「いや、知り合いが働いてて」
「まじ?誰」
「たっちゃん」
「は?」
「中畑達郎」
「え、達郎さん?」
それは友原さんの家で三人で過ごした日、僕が会っていた人物で、僕たちの援助交際の仲介を行なっている人物。そんな男と種田くんとの突然の繋がりに、驚きを通り越して頭が真っ白。でも種田くんとの縁が少し強くなった気がして、嬉しい気持ちもあった。
「なに知り合いなのお前ら」
「僕たちのバイトの先輩的な?」
「え、あの人も売りやってんの?」
「いや、そうじゃなくて、元締め的な?」
「聞きたくなかったわそれ」苦笑いを浮かべる種田くんは軽く伸びをして、頭を掻く。
「じゃあ口直しにさ、パフェ食べに行こっか」言って手際良く三人分のゴミを一つのトレーにまとめ、種田くんの前に寄越す。下げてね、と上目遣いで言われて断れる男なんているのだろうか。案の定、種田くんも悪態を吐きながらも渋々トレーを持って立ち上がり、出口へ向かう。僕たちもそれに続いて、店を出た。
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