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種田
あれから週一、二くらいのペースで呼び出されるようになり、放課後に飯を一緒に食ったり、友原の家で映画を見たり、酒を飲んだり、それぞれ別のことをして時間を過ごすこともあった。俺が小説を読んでいたとき、本好きなんだ、と友原が言ってきたので、素直に肯定し好きな作家やジャンルを答えると、次来たときには大きめの本棚がリビングの隅にあり、俺好みの本が数冊並んでいた。岡安とはたまに屋上で授業をサボり、煙草をふかしたりしていて、もう立派に友人と呼べる存在になっていた。
そんな日々を一ヶ月ほど過ごし、五月も終わりに差し掛かったころ、友原に岡安には内緒で二人で会おう、と言われた。友原が客のところに行っている間、岡安とは二人で過ごすことはあったが、友原と二人で会うのは最初に体を重ねた時以来だ。
俺も男な訳で、期待していないと言ったら嘘になる。別に友原の事が好きとか嫌いとかそういう感情はないが、正直、友原との行為は良かった。それに、岡安に後ろめたいことではないということがここ一ヶ月間の付き合いでわかったし、俺もそういう行為自体あの日以来ご無沙汰だった。
「随分、表情が明るいね」
一日の終わりのチャイムを聴き終え、足早に教室を出た俺は、後ろから聞こえた岡安の声に足を止める。え、なに、俺そんなわかりやすい顔してた?
友原は今日学校にはきておらず、俺はその足であの高層マンションに向かおうとしていた。
「どこ行くの?」
「帰るんだけど」
「そんな楽しそうに帰ってるの見た事ないよ」
岡安の声はいつもより少し低い。友原に内緒でと言われた以上、隠さないといけないことをしているわけではないが、知られてはいけないのだと勝手に頭が働き、咄嗟に嘘を吐いた。
「わりぃ、急いでるから」
伸びてきた岡安の白い手から逃げるように、早歩きでその場を去る。振り返ったら岡安の泣きそうな顔がこちらを見つめているのが安易に想像できて、硬く拳を握りながら玄関へ向かった。
友原の家に向かいながら考えているのは岡安の事だった。あいつは今、どんな気持ちで何をしているのだろうか。案外いつもと変わらずへらへら笑って、客に会っているのか。それともいつも不意に見せる悲しそうな顔で屋上で煙草を吸っているのか。得体の知れない罪悪感からとうとう俺の足は止まった。携帯電話の画面を見ても、岡安からの連絡はなく、頭を掻く。もう頭の中では一人で泣きそうな顔で蹲っている岡安を想像していて、それが確信になっていた。
友原に断りの連絡をして、踵を返して歩き出す。一体どこに向かったらいいのかわからないまま足を動かし、岡安に電話をかけたが、聞こえるのはコール音ばかりで、肝心の岡安が電話に出ることはなかった。徐々に罪悪感が苛立ちに変わってきて、電話を切る。そこで頭に浮かんだのはなんとも意外な人物だったが、今はそこにしか緒が見出さず、迷わずその人物に発信した。
「もしもしどーしたー」
シフトなら代わってやんねーぞ、と気の抜けた声が電話越しに聞こえる。以前岡安から名前が出たバイトの先輩、達郎さんだ。俺が達郎さんに電話をかけるとしたらシフトを代わってもらう時くらいなので、訝しげにそう続けてきた。
「いや、今日は休みだよ」
「じゃあなに、俺に会いたくなっちゃった?」
「そういうんじゃなくて」勢いで電話をかけたはいいが、なんて説明したらいいのかわからず、言葉を濁す。「達郎さん、岡安と知り合いなんでしょ?」
「え、岡安って、國雄ちゃん?」
國雄ちゃんって、と内心呆れながら、あいつ國雄って名前だったっけとか考えてる俺は意外と余裕があるのか?なんて思う。
「そうそう、俺と同い年の」
「お前ら知り合いだったんだ」
「同じクラスなんだよ」それ以上説明するのは面倒で、強引に話を進める。「あいつの家とか知ってたりする?」
なんかあったの?と達郎さんが尋ねてきたが、俺が無言でいるとため息をついて、勝手に教えて俺怒られない?と言いつつも、場所を教えてくれた。家知ってるくらいの仲なのかよと、俺の中で謎の感情が芽生えたのは知らないふりをしておこう。
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