種田

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種田

 岡安という男は、いつも何を考えているのかさっぱりわからない、とっつきにくいタイプの奴だ。筋肉の付いていない女みたいな手足は不気味なほど白い。顔は悪くない。パーマのかかった白髪は痛みすぎて艶がない。同じクラスでも関わることがないと思っていたが、退屈な授業を抜け出してやってきた屋上で鉢合わせてしまった。 「種田くんじゃん」  屋上のど真ん中で仰向けになり、顔だけをこちらに向けた岡安はそう言って不気味に笑う。人気者も授業さぼるんだねと間の抜けた声で続けた。 「俺のこと知ってるんだ」 「もちろん。だって種田くんモテモテだから」  四月上旬、風が冷たくて気持ちが良い。ポケットから煙草を取り出し、一本咥えて、火をつける。僕にも頂戴と岡安が手を伸ばしてきたので、断る理由もなく、隣に座って手渡した。 「意外と不良なんだね」岡安が起き上がり、煙草を咥える。慣れた手つきで火をつけ、煙を肺まで吸い込む。「優等生くんだと思ってた」 「優等生やってないと親父がうるさいから」  事実、医者の親父は成績はもちろん、内申にもうるさい。煙草がバレたら停学だ。 「じゃあ僕と一緒にいたらだめじゃん」僕は問題児だからとへらへらと笑う。 「これは不可抗力だから。それに見られなければいいし」 「自分で言っといてなんだけど、傷ついちゃうな」 「ホントに傷あるけど、いじめられてんの?」  制服の袖から覗く白い手首に赤黒い痣があるのが見えた。別に気を遣う必要性も感じず、ストレートに訊く。単に気になっただけだ。よくテレビやネットニュースで目にするいじめが身近で起こっているのかと思った。 「ああ、これは」岡安が言う。「体売ってんの」 「は?」  一瞬理解できず固まった俺の頭は再びフル回転して岡安の言った言葉を理解した。男版の援助交際ってことか。 「こう言うのが好きな人もいるわけ」  またへらへらと笑いながら袖をまくって見せる。そこには痣や傷が生々しく残っており、白い肌とのコントラストでより痛々しく思えた。 「煙草押し付けるのとか、ちょっと手首切ってみるとか、そういうのも前戯気分でやるんだよね」 「嫌じゃねーの?痛いだろ」純粋な疑問だった。 「痛いの嫌いじゃないから」岡安は淡々と続ける。「結構コーフンするよ?」  煙草を消して、ティッシュで包み、ポケットに入れる。こいつとは関わらない方がいいと俺の本能が働く。退散するため立ち上がる。 「お前、ぶっ飛んでるな」 「それは褒めてる?」 「いや、貶してる」  酷いなと苦笑いしながら岡安も煙草を消し、俺の横に並んだ。こいつ、意外と身長あるな。岡安の携帯が鳴る。 「もしもし」何度かの相槌と少しの沈黙。「わかった。今からいくね」 「客?」 「ううん。友原さん」  岡安の口から出てきた名前は、長い睫毛と柔らかそうな艶っぽい唇が印象的な、クラスで一番目立つ女の名前だった。派手な見た目のこいつは、派手な女が好きなのか。 「今から友原さんのお家に行くけど、種田くんも来る?」そう言って岡安は俺の腕に自分の腕を絡めてきた。気持ち悪いからやめてくれ。 「なんで俺が」友原とはろくに会話すらしたことがないし、行く理由もない。そういえば、友原も援助交際してるとか噂になってたが、そういう繋がりなのかと合点がいった。尚更、関わりたくない。 「じゃあまた今度誘うから連絡先教えて」そう言って岡安は俺の腕を離し、携帯を突きつけてきた。教えてくれなきゃ煙草のこと告げ口しちゃうからと脅され、渋々連絡先を交換する。ああ、俺はとんでもない奴に目をつけられてしまったのではないか。高校生活最後のこの年を平穏には過ごせないのではないかと、不安と焦りに苛まれる。  四月上旬、冷たい風に靡く岡安の髪を、わたあめみたいだと言ったら、ひどく気に入った様子で毛先を指で触って笑ってみせた。
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