藤城

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藤城

 通学の電車でいつも彼は読書をしている。大きな肩と小さい顔、清潔感のある少しブラウンがかった短髪。細い指で単行本のページをめくるのを、私は遠くからいつも眺めているしかできない。  毎日の電車通学の中、彼がいつも私と同じ時間の電車に乗っていることに気づいたのは入学してすぐの四月中旬。まだ肌寒い時期だったからか、学ランの下に着た学校指定のジャージが襟元から見えていて、学年別に色分けされたそれから三年生なんだと分かった。周りが談笑する生徒で溢れる中、視線を単行本に落とす彼の姿は浮いていて、最初は物珍しく眺めていたが、いつしか憧れに近いものに変わり、それが恋心だと気づくまではあっという間だった。そんな私に三年に兄を持つ同級生が、彼は種田洋一という名前だと教えてくれた。  そして五月が始まった今日この日も、相も変わらず彼を眺めているだけの私がここにいる。しかし、今日の種田先輩は手元にいつもの単行本がなく、隣に座った白髪で細身の男の子と会話交わしていた。 「え、珍しいね」  普段は動かない彼の口元が時折綻ぶ。そんな姿に釘付けになっている私と同じことを思ったのか、同級生は声をかけてきた。 「隣の先輩、結構有名だよ」岡安先輩っていったかな、と周りの目を気にしているのか、やけに小声で話しかけてくる。 「そうなの?」 「髪もあんなだし、目立つじゃん」 「確かに」 「あの人と仲良いなんて、意外と種田先輩って不良かもねー」 「ますます雲の上って感じ」 「優里亜って本当意気地なし」  そう言って笑う彼女に苦笑いしながら、私もあんな風に先輩と話せたらな、なんて考えていると、いつの間にか降車駅に到着し、生徒たちが次々と出口へ向かって歩き出す。人混みに一度彼らの姿は消えてしまったが、学校へと続く坂を見上げると、彼らの並んだ後ろ姿が目に入った。  それ以降、何度か種田先輩と岡安先輩が一緒に登校しているのを見るようになった。そしてたまに、友原先輩という私でも存じているような派手な見た目の先輩がその輪に入っていることも増えた。  最初は静かで優等生タイプなのではないかと想像していた先輩のイメージは六月を目の前にして完全に消え去り、校内でも目立つ二人と仲睦まじくしているのだから、所謂、不良という分類なのではないかと考えるようになっていた。私とは全然別の世界で生きているんだなと、諦めかけた頃、半ば押し付けられるようになった学祭の実行委員会で種田先輩の姿を発見した。悶々とした気持ちは何処かへ消え、心臓が高鳴っている自分に呆れる。きっと彼は私の名前も知らないけど、少し接点ができた事実がただ嬉しかった。 
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