種田

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種田

 ひどい頭痛で目が覚めると、視界に入ってきたのはブリーチとパーマで痛みきった艶のない、わたあめみたいな後頭部。 アルコールが抜け切らない体は死ぬほど重たく、それが頭痛の原因だとはわかったが、隣で眠る岡安とパンイチで仰向けの俺、そして逆隣で眠る友原に俺が腕枕をしているという状況に、頭は追いつかない。  え、待って、全然覚えてねえ。昨日は確か岡安と和解した雰囲気になって、帰ると言うと岡安が泣きそうな顔で見てくるから、なんだかんだ一緒に映画を見始めた。それはくだらないけど笑えるコメディで、隣でケタケタ笑う岡安につられて一緒に笑ったりなんかしてたら友原が起きてきて、麦茶を飲んでいたはずがいつの間にかすり替わったビールを飲みながら映画を見終えた。その頃には帰るのが億劫になって、なんでもない恋愛感の話だとか、ふたりがやってる援交の相手のグチだとか、中身があるようでない話をしていた。それで、あれ、その辺からあんまり覚えてなくね?  昨日の岡安の言葉が頭の中で再生され、一気に血の気が引いていく。「なんなら友原さんとサンピーでも」  とっさに上半身を起こしてしまい、腕枕を強引に抜いたせいで友原から呻き声が聞こえた。わりぃ、と声をかけたが、友原は体を丸めて布団に潜ってしまった。どうやら朝は苦手らしい。 「おはよう」  声のした方を振り向くと、先程は背中を向けていた岡安がいつの間にかこちらを向いて俺を見上げていた。布団から伸びる岡安の白い腕にはやはり生々しい火傷の跡や傷が見受けられて、なんだかいたたまれない気持ちになり、視線を晒す。 「この状況説明してくんない?」 「種田くんって意外とエスなんだね」 「え」 「あんなに情熱的なの久しぶりだったなー」 「わかったもういいわ」  まじかよ。酔ってたとはいえ男と事に及ぶなんて。しかもサンピーなんて。人生最大の汚点とも言えるこの失態に頭を抱えていると、岡安がケタケタと笑い始めた。 「うそうそ、冗談」そう言うとゆっくりと上半身を起こして、俺の肩に顎を乗せてくる。「襲っちゃおうと思ったけどね」 「いや、まじでどっち?」 「なにもないよー」ただみんなで仲良く寝ただけ、と楽しそうに俺の腰に手を回しながら笑う。「それとも今からしちゃう?」 「いや、結構です」  またケタケタと下品に笑い俺から離れた岡安と、ベッドに沈んだままの友原を残して寝室を出た。  シャワーを勝手に浴びて、身支度を整える。携帯電話を開くと、姉からの着信と、何件かのメッセージがあった。高校三年にもなれば外泊なんてのは珍しくもないが、口煩い親父がいる手前、連絡は必ず入れていた。姉に電話をかけ直したが、留守番電話のガイダンスが流れたので、メッセージアプリを開き、友達の家にいた、と短く打って送信する。  現在時刻は七時十五分、リビングのソファーに座り、ここから学校まではどのくらい時間がかかるのだろうかとネットで調べていたらガチャリと寝室のドアが開く音が聞こえた。ペタペタという足音の方向を見ると、上下グレーのスウェットに身を包んだ岡安が目を擦りながら現れる。 「友原さん今日は学校行かないって」俺の隣に腰を下ろした岡安からはほんのり汗と友原の香水の匂いがして、体を重ねてきたのだと分かった。「僕も準備するから待っててよ」  テーブルの煙草に手を伸ばす岡安を横目で見ながら、携帯の画面を操作する。どうやら学校までは四十分くらいかかるらしい。時間にはまだ余裕があった。それを岡安は把握しているのか、急ぐ様子は全くない。ソファーに胡座をかきながら、寝癖頭でぼーっと煙を燻らせる姿はとても間抜けで、思わず笑ってしまった。 「八時前には出るからな」 「はーい」
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