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この廃墟は僕だけの場所だった。
元団地だったこの廃墟は、以前人が住んでいたとは思えない程に人を寄せ付けない雰囲気をしていて、窓ガラスも殆ど割られている。身勝手な人々が不法投棄した家電や家具、小さなゴミまで沢山散らかっている。
自殺の名所や心霊スポットとして有名になってしまっているけれど、そういう目的で来るヤツらは深夜帯にしか来ないから、丁度僕の学校が終わったこの時間帯に廃墟に近寄る者もいないし、何より屋上から見る景色がすごく綺麗だ。特に学校が終わった後の夕焼け。
僕だけの景色。家でも学校でも、僕の居場所は無い。学校では先生もクラスメイトも僕の勉学への出来にしか関心を持ってもらえない、テストで学校一位の点数をとる度に学校にいる人間は僕をとんでもない真面目なガリ勉だというレッテルを張り、先生からは過度な期待。クラスメイトには、近寄り難いという印象を与えてしまっているらしい。ただ授業を聞きながら教科書を見るだけでテストの点なんて簡単にとれるだけなのに。僕の父親は、4年前に母親が亡くなってから、一人っ子の僕に一層厳しく当たるようになった。そんな僕にとって、その屋上の景色は唯一、母親と共に過ごした思い出を呼び起こしてくれる。幼少期の頃、母親と夕飯の買い出しの帰り道によく見た夕焼け。母親はよく、人よりも勉強が出来る僕に、「勉強が嫌でもできてしまって周りの人にこれから絶対、たくさん期待されてしまうと思うけど、お母さんはね、貴方が生まれてきてくれただけですごく嬉しくて、幸せなの。だから勉強が出来ても出来なくても、貴方は生きているだけで偉くて、お母さんにとって世界で1番かわいい子なのよ」と笑顔で何度も語ってくれた。その言葉は何度も僕の心を優しく溶かしてくれた。しかしある日突然、唯一の僕の救いだった母親はパートの帰り道に不慮の交通事故に合い、亡くなってしまった。
今日は曇り空でも無いし、既に陽が落ち始めていて、僕の思い出の中の夕焼けとよく似ている。僕は音楽プレーヤーの音量ボタンを押し、歌の音量を上げ周囲の音を掻き消した後、足早で廃墟へ向かった。
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