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「退院の目処は立ったんですか?」  ティッシュを手に、河野さんがシーツをそっと拭いてくれた。  回想から、静かに現実へに引き戻される。 「うん。年末の繁忙期には、何とか間に合うって」 「良かった。外村さんがいないと年越せないって、皆で言ってるんですよ」  ホッとした微笑みに、つい意地悪な言葉を返した。 「それって、残業要員がいないって話なんじゃないの?」 「やだ、そんなことないですよぉ」  河野さんは、冗談めかして曖昧に笑いながら帰った。しかし課長始め経理部の何人かは、残業要員としての僕の帰還を本気で心待ちにしているに違いない。 「残業――か」  窓の向こうの空は、どんよりと重い。いつ白いものを吐き出しても、おかしくはない雰囲気だ。うっすらと窓ガラスが室内を映し、ベッドの上の僕の姿がある。ギプスの足と、三角帯で吊った片腕が痛々しくも……惨めだ。  使い込みと多額の借金を苦に、前島は自殺しようとした――外村は巻き添えを食わされたらしい――岩魚沢での顛末は、社内で真しやかな噂となり独り歩きしていた。  未遂となった保険金殺人の加害者と被害者――そんな真相は、知られなくていい。知られたくも、ない。  窓の中の僕は無表情だ。 『何だよ外村、まぁた貧乏クジ引かされたのか?』  気遣いや労いの言葉は、下心あってのことだったのか。  知らぬ間に生命保険を掛けて、アイツは、どんなつもりで僕を見てたんだろう。  やり場のない淀んだ気持ちが、腹の底から込み上げてくる。  怒りか憤りか――後悔か。  この先、どこかで前島が見つかっても、もう彼に会うことはない。  僕達の分水嶺は、どこだったんだろう。  一層暗くなった空が泣く。バチバチと固まらない水滴が窓を叩き出す。歪んだ自分の顔に重なって、ミゾレが頬を流れていった。 【了】
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