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 大のキノコ好き、という事実も相まって――僕はつい、耳を傾けてしまった。 「だけど、穴場って他人には教えたがらないもんだろ」 「それがさ……」  僕の食指が動いたことに、前島はニヤリと笑んで、スルスルっと椅子ごと寄ってきた。ここから重大な秘密を紐解くぞ――と、さも勿体つけたように声を潜めて。繰り返すが、今夜経理部には僕1人しかいないのだが。 「本当は、部長と一緒に行く予定だったんだよ。それが日曜大工で捻挫して、無念の断念になった訳」  前島の説明だと、田渕部長の代わりに穴場から収穫し、成果をお届けする約束なのだとか。もちろん、手数料として一部をいただく算段もバッチリ取り付けてある。そのおこぼれ(・・・・)の一部が、僕に回ってくるそうだ。 「三連休の頭に行けば、最終日はゆっくりできるだろ。スマホも繋がる程度の郊外だし、2時間くらい走った所に温泉もあるんだぜ?」 ー*ー*ー*ー  ――今思えば、美味すぎる話だった。  第一、そんな人里の直ぐ隣みたいな山野に、希少なお宝がボコボコ生えている筈がないのだ。  そんな簡単な場所に、労せず手に入るなら、他人が既に足を踏み入れて収穫しているに決まっている。  ちょっと考えれば分かる筈だったが――あの夜の僕は、残業続きで冷静な判断が出来なかったに違いない。  ふぅ、と溜め息を付いて空を見上げる。 「せめて……星でも出てりゃなぁ……」  昼間から雲に隠れたままだった太陽は、姿を見せぬまま沈んでしまった。どんより暗い空の中には月明かりも無く、方向を得るための手掛かりすら皆無だ。 「雨にならなかっただけ、ラッキーだと思おうぜ」  体力温存の目的で、僕らは斜面途中に生えていたブナの大木の根元で一夜を明かす決断を下した。大木、とはいえ落葉樹だ。この季節ともなると、紅葉も色褪せて、7割が枝を離れている。  更に、落葉も下草も、前日までの雨で湿っていた。松茸を包むつもりで持ってきた新聞紙を重ねて敷くと、前島は腰をおろした。  相変わらず危機感の無い発言に、収まっていた苛立ちが爆発した。 「ラッキー? 馬鹿言うなっ! 携帯が繋がる程度の郊外だ? よく言うぜ! そんな人里近くで、何で遭難するんだよ!? 一体、どこにラッキーの要素なんかあるんだ!」  前島は、グッと唇を噛むと俯いた。応える者のない僕の憤りは、四方を囲む暗い木立の中に虚しく吸い込まれていった。
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