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「僕の分、もう分けてやらないからな」
言いながら、僕も1枚、口に放る。甘さ控えめのビター風味だが、それでも優しい甘味が全身に染み渡り、疲労を溶かしてくれた気がする。糖分って、偉大だ。
「お前、何にも持って来なかったのかよ?」
前島のペッタンコの黄色いリュックに、ダメ元でチラリと視線を向けた。奴は、深く溜め息を吐いた。
「だって、今頃は松茸パーティーの予定だったからなあ」
「パーティー? それじゃ、誰かにここに来ること……」
「言わねぇよ。お前と男2人、サシ飲みの予定でさ、ちょっと良い酒取り寄せてあったんだ」
「――そうか」
淡い期待は水泡に帰した。明らかに落胆した僕に、前島は体育座りの姿勢のまま、右手を伸ばしてきて、肩をポンポンと叩いた。
「大丈夫だって。明日、明るくなったら、この坂を上るだろ? 真っ直ぐ落ちたんだから、登山道に戻れる筈じゃん」
一体――どうすれば、こんなに楽天的思考になるのか?
常日頃からリスクマネジメントに関わる経理畑と、明るく気さくなコミュニケーションスキルがモノを言う営業畑の違いだろうか?
思わず天を仰ぎ見た。木立の間――ステンドグラスのように仕切られた暗い空の欠片を、金色の光源がゆっくりと流れて消えていった。
ー*ー*ー*ー
夜風が穏やかになってきた。それでも晩秋の山は急激に気温が下がる。長袖のフリース素材の上着は暖かいが、ジーンズを履いた下半身が冷えてきた。
「寒いな……ちょっと用足してくる」
前島が立ち上がったのは、日付が変わった頃だ。
「足元、気を付けろよ」
「ああ」
登山道から転げ落ちた時、僕達はスマホを無くしてしまった。圏外だろうと手元にあれば、こういった移動時に懐中電灯代わりになったのに。
ガサガサと落葉を踏む音が遠ざかる。「大」ならともかく「小」ならば、余り遠くに行かない方がいい――そう思った時だった。
「あっ! わあああっ!」
「前島っ!?」
ザザザザアァ……とハデな音がした後、静かになった。
「おいっ! 前島、大丈夫か?!」
立ち上がり、音のした方向に呼び掛けたが、返事はない。
「前島ーーっ!?」
叫べども――返るは、カラカラと足元の落葉を揺らす小さな風音だけだ。
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