二階から目薬

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 この異物感が嫌でずっと眼鏡一筋でやってきたというのに。  彼女と喧嘩をするたびに『このヘタレ眼鏡!!』と罵倒されるのも我慢してきたというのに。 「なんなんだよ……ホント……」  だから今の俺には目薬が欠かせない。  気休め程度のものではあるが、目がいずくなったらいつでも点せるようスーツの胸ポケットに入れている。  無意識に手が伸びる。  もはや中毒だ。  こんなイケメンでもなければ性格だって別に良くもなく。     年上の余裕も、お金も、成功が刻まれた遺伝子も、コンタクトレンズの適正も。  度胸も、覚悟も、甲斐性も何もないヘタレ男だとしても。  目薬だけは裏切らずに、いつだって俺に優しくしてくれる。  「あ……れ?」  けれど、さすがにそんな奇特な目薬でも、家に置き忘れさられてしまえば優しくしようもない。  「は?……なんで……」  立ち止まり、ポケットというポケットをまさぐってみても、通勤カバンの中を漁ってみても見当たらない。  ……ああ、そうだ。  ゆっくりとした休日を送らんがために昨日は常時より更に輪をかけて激務に勤しみ、帰宅後、皮膚もろとも引きはがさんばかりにスーツを脱ぎ捨てた。     
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