二階から目薬

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 たぶん、目薬は今もソファーの上に放り出されたままの上着の胸ポケットに入り、役目を全うできないストレスからくすぶっていることだろう。  「……はぁ……」  取りに戻るか?  距離はさほど離れていない……というか、立ち止まっていたのはちょうど俺のマンションの裏手に伸びる路地の上。  時間的にはまだどうにか上司が勝手に設定しているであろうタイムリミットの許容範囲内だと思う。  取りに戻るか?  「はぁ……」  いや、いい。  なんだかんだで所詮、ただの目薬だ。   別に命がかかっているわけでもない。  それに何故、上司のリミット内だと決めつけたんだ、俺は?  『勝手にお前が判断するんじゃない!』と『それくらい自分で考えろ!』が口癖の上司のことだ。  どうせこれもまた自分で考えた末に勝手な判断だと怒鳴りつけられるパターンだろう。  「…………」  なんならもっと全速力で走って一本早い電車に乗ることができれば、あるいは途中で新しい物を買う時間くらいできるかもしれない。  「……よし、行こう……」  決して逃げているわけじゃない。   むしろこれは攻めているんだ。  決して逃げているわけじゃない。   むしろこれは……これでいいんだ。  今、部屋に戻ってしまえば。   今、彼女の顔をまた見てしまえば。  俺はもう戻れない。   俺たちはもう『幼馴染』には戻れない。     
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