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実際に小さな卵くらいなら簡単に茹ってしまいそうなくらい、夏が夏らしさを存分に振りまく酷暑の現実を刺し穿ち、切り裂くように。
彼女の真っすぐな声が高らかに響き渡る。
「忘れ物だよぉ、ヘッタレ~!!」
そうして描かれる放物線。
小さな小さな琥珀色のアーチ。
目薬だ。
スーツの胸ポケットに入れたままにしていた愛用の目薬だ。
割と値段の高い物で、その高級感の演出のためか金色に近い琥珀色した容器が、夏の光を反射させる。
「な……」
『何考えてんだ』と言葉を紡ぐ間もなく。
『なんて無茶苦茶をする女だ』と呆れる間もなく。
目薬が落ちてくる。
……いや、なんだかんだ言ってもマンションの二階層分であり、どうだかあだと言っても所詮は小さなプラスチックの容器だ。
俺が取り損なったところで大ケガを負うことはないだろうし、体に当たらずともアスファルトの上に落ちてしまっても壊れることはないだろうし、なまじ割れてしまっても別に幾らでも買い替えの利く消耗品だ。
肉体的にも懐的にも大して痛手にはならない。
しかし、それ以前に……。
「…………」
『ほらよ』と同時に放る前にまず名前なりを呼んで俺を振り向かせようと、どうして思えない?
他の通行人に当たって迷惑をかけるのではないかと、どうして配慮できない?
「…………」
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