二階から目薬

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 「確かに喉は乾く。高くても安くてもカップでもモナカでも、バニラでもミントでも期間限定スイートポテト味でも、カレらは押し並べて私の口内から容赦なく水分を奪っていく。さながら悪辣な圧政者の搾取のごとく、砂に書いた小さな夏の恋心をさらう白波のごとく……。それはアイスを食す以上絶対に避けては通れない世の中の真理の一つなの。しかし、その乾きに耐えられなくなったからといってそれを水だとかお茶だとかブラックコーヒーだとかいうもので紛らわせるのはあまりにも安易。あまりにも邪道。もはや新たな大罪として認可されてもおかしくはないこの愚行はアイスに対する冒とく以外の何物でもないわ。……苦節云年。時には涙し、時には嗚咽し、時にはお腹を壊しながら私は遂に辿りついた。同じ乳製品である……いえ、すべてのアイスクリームの原点である牛乳こそが同時に口に入れることを許された唯一の存在であるのだと!!」  「……アイス信仰を謳ったカルト教団でも作りたいのか?」  「……乳脂肪……『NEW SIBOU』……新しい脂肪……女にとってなんて悪魔的な響き。いけないとはわかっていても、その誘惑には抗いがたいところなんてまさに神代の悪魔……」  「邪神信仰じゃねーか……」    「汝のアイスを愛せよ!!」    「……朝飯、食うか?食パンしかねーけど」  「うん、二枚」  「それじゃバターたんまり塗って乳脂肪様のご神託でも受けてくれ」  「あ、今日はイチゴジャムの気分だから」  「おい、異端者」    ……こんなイカレタ女を一度でも好きだと思い、失恋に心を痛めたあの時の俺が不憫でならない。                   ☆★☆★☆  「…………」  「…………」  それから俺たちはテーブルに向かい合って座り朝食を摂った。  彼女はイチゴジャムをたっぷりとつけたトーストとヨーグルト(またしても乳製品)。  寝起きや寝覚めといよりも、起き抜けが酷かったせいで食欲の沸かない俺はたっぷりと氷を入れたアイスコーヒーだけというメニューだ。  「…………」  「…………」  会話は特になかった。  彼女が食パンの耳部分をカリッ、といわせる音。     
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