プロローグ~PRINCESS side~

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プロローグ~PRINCESS side~

 一言でいうならば優雅。  二言でいうならば豪奢にして絢爛。    色で表せば金色であるだろうし、一文字で表現してみてもまた『金』である。  右を見ても左を見ても金。  前を見ても上を見ても金。  天井の吹き抜けまでも金であるならば、入り口の扉から真っ直ぐに敷かれた床の長い長い艶やかな紅色の絨毯の縁取りや、そこかしかに散りばめられた装飾・調度品もまた金色である。  そこはいわゆる玉座の間。    ようするにその部屋は。   いいえ、部屋と呼ぶにはあまりにも広大かつ超大なその空間は。    一国の繁栄と栄華とを物理的に視覚化したもの。  一目見て唖然。  思わず二度見して愕然。    そしてようやく現実を受け入れるだけの覚悟を決めて三たび目を見開いたとしても茫然自失。  玉座の間は語ります。    誰に教えられるまでもなく、ここは特別な人間だけが踏み入ることのできる特別な場所なのだと、その在り様一つでこれ以上ないくらい雄弁に、玉座の間は語ります。  「……して、姫よ。聡明なる我が娘よ」    「……はい、お父様」    なので、そこにいるただ二人切りの人間。  つまりわたくしたちが特別な人間であることは間違いないのです。  「首尾はどうなっておる?」    唸るような渋いテノールが空気を震わせる。  彼の立場や人間性をそのまま表したような、実に重々しい声だ。  「滞りなく。あとは夜の帳が黒く黒く染め上げられる、その刻限を待つばかりですわ」    反面でこちらは澄んだソプラノ。    普段からコロコロと鈴を転がしたような小気味よい高音です。    ただ今は、得意さ半分、自信半分、そして誇らしさがもう半分ほど余分に合わさっている心持。    そのため上機嫌な声色は、1.5倍増しくらい高くなっているようですわ。  「それは重畳、それは僥倖。さすがは我が国の王女にして我が愛しき娘。そして今代最高峰にして稀代の魔術研究家。かの伝説の魔法使い≪創世の魔女≫の残した最後の大魔法、≪次元接続(コネクション)≫を現代に蘇らせるとは。ワシは誇らしい、誇らしいぞ、我が娘、アルルよ」    「いいえ、お父様。それほどでもありますが、それほどでもありませんわ」    「謙遜することはあるまいて」    「いいえ、お父様。いいえいいえ、お父様。これは謙遜ではありません」    「ふむ、それではなんであろうか、我が娘よ」  「確かに凡人には幾星霜の年月を重ねたとしても決して辿り着くことができなかったであろう偉業であることは否定いたしません。しかし、この程度……ええ、ええ、わたくしにかかれば、稀代の魔術研究家たるわたくしの手にかかってしまえば、たとえ≪創世の魔女≫の秘術であっても、この程度と言わざるを得ないほどの些事である、ということですわ、お父様」  「ハッハッハ!これはしたり!確かにワシの失言であったな、我が愛しき姫君よ。そなたの深淵よりも深い探求心と、大海よりもまだ広い知識を前にしては、かの大魔女も裸足で逃げ出してしまうに違いない」  「まぁ、お父様ったら。畏れ多い。リリラ=リリスへの侮辱をそのように堂々とお口になさるだなんて。あの大魔女のことです。二千年の時を越えて聞き耳を立て、憤慨の余りに今宵の儀式を邪魔だてしてしまうかもしれませんのに」  「委細、承知しておる。この国、ひいてはこの世界の創世者たる偉大なる御仁の一人を侮辱などするものか。……なに、ただワシの愛しき娘がそれ以上の逸材であるという事実を述べただけにすぎんよ」  「ふふふ、事実……そう、事実。紛れもなければ混じり気もない純然たる事実とはいえ褒め過ぎですわ、お父様」  「くっくっく、悪い顔をする……」    「お父様こそ……」    「くっくっくっく……」    「うふふふふ……」    「ハッハッハッハ!」    「うふふふふふ!」    「ハーハッハッハッ!!!」    「うーふっふっふっ!!!」  わたくしたちの高貴なる笑い声が、優雅にして豪奢にして絢爛な玉座の間に響き渡る。    そう。    二千年という時間の壁も。  表と裏という永遠に交わることのできない世界同士の次元の壁も。    やすやすと突き破るほど、高く、大きく、強く、響き渡っていきますわ。    ああ、今宵が待ちきれない。    あと数時間ののち。  わたくしは新たなる伝説をこの世界に刻み込むのですわ。  うふふふ……  うふふふ……  うふふふふ……                     @@@@@  「ふふふ……ふふふ……ふふふ……」    いや、ないですわ。    「ふふふ……ふふ……ふ……」    いやいや、ないないない。ないですわ。こんなことあり得ないですわ。    え?なに?うそ?    いや、いやいやいや。  「……ねえ、君、聞いてる?」  いや、いやいやいや。  「そんな力の無い、薄い笑いを浮かべられても、わからないよ?」  わたくしが?え?このわたくしが……ミス?  あーはいはい。わかった、わかりました。わかりましたわ。  まずは落ち着け、落ち着くのよ、わたくし。落ち着くところから始めよう、わたくし。  そう、整理、整理ですわ。  一から、いいえ、ゼロから順序だてて整理するのよ、わたくし。  「こっちを無視しておもむろに深呼吸とかしないでくれるかな?」  ≪次元接続(コネクション)≫の術式は完璧でしたの。    何年もかけて魔導書の隅々まで解読して、そこから何年もかけて準備をしてきましたの。    ゲートの構築。術式の展開。手順。機材。方角。日時。    ええ、そう、完璧。どれも完璧。  王族として責務を日々実直にこなしながら、礼儀作法の習得、武術の鍛錬、帝王学ならびにあらゆる分野の勉学も手広く修め、さらに入学した魔術学園も常に上位の成績をキープし、さらにさらにその合間にまだまだ一般の民草には馴染みのない魔術を、もっと身近に感じてもらえるように新たなる魔道具の研究・開発に励んでいたわたくし……。  いわゆる美少女だし?  愛らしさの中にも女性的な色気が隠し切れないし?    手脚はスラッとしてるし?  出るとこ出て引っ込むところは引っ込んでるし?    髪だってツヤツヤだし?  スペクタクルなキューティクルだし?  あ、完璧だわこれ。  うん、わたくし完璧。  完璧だわ、わたくし。  「ふふふ……ふふふ……ふふふ……」    「怖いよ、君」  そんな完璧な。  いいえ、言葉では語り尽くすことができない選ばれし存在のわたくしが発動させた秘術が失敗した?  え?マジ?  本当にリリラ=リリスがわたくしの≪次元接続(コネクション)≫に干渉してきた?  お父様が侮辱したから?  わたくしが、調子にのったから?  え?おこ?  おこですの?  伝説の大魔女、激おこですの?  いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや……。  「だからね、どうしてコンビニのゴミ箱の中なんかに入っていたのか、理由を聞いているんだけど」  「ないですわないですわないですわ……(ぶつぶつぶつ)」  「ああ、もしかして日本語わからない?外国の方?確かに顔立ちも服装も洋風だけれど」  「あり得ないですわ間違いですわ嘘ですわ偽りですわ非現実ですわファンタジーですわイッツ・ア・バットドリームですわワタクシ・イン・ワンダーランドですわ……」  「うん、違うよね?否定の言葉だけでそれだけポンポンでてくるなんて、日本語けっこう達者だよね?後半、外国人風に寄せてるけど日本の中学一年生レベルの英語力だよね?」  「ああ、もう!さっきからピーピーピーピーとなんですの、あなた!?」  「君こそ一体、なんなんだろう?」  ホントなんですの!?なんなんですのこの男!?  なんだかこう、ぬぼぉーというか。ぬぼらぁ~というか。  覇気もなければやる気もない。  わたくし、こんなに困っていますのに優しさの欠片も配慮もない。  無理矢理こんなところに連れ込んで何をするつもりなんですの?  あ、あんな……い、いきなり抱っこなんてしたりして……。  お、お姫様抱っこなんてしたりして……。  まぁ、わ、わたくしお姫様ですし!別に間違ってはいないですけれども!  パッと見て冴えない風体のくせに、以外とガッチリした体付き。  殿方の体って、あんなに硬いものだったんですのね……。    その割に、わたくしが頭を打ったのを心配してくれた時。  後ろから髪をそっと掻き分けた時の手つきは柔らかかったですわ。  わたくし、あんなに殿方に自分の体を触られたのは初めてですの……。  よく見れば顔の造りも整っているように見えます。  あっさりとして……さっぱりとして……。    わたくしの世界ではもっと彫りが深くて目鼻立ちがハッキリとした殿方ばかりですので、こういったタイプのお顔立ちは新鮮ですわね。  うん……そう……わたくし、決して嫌いじゃないですわ……。    決して……嫌いじゃ………………って。  「嫌いですわ!!!」  「ホント、なんなの、君?」  「あーもぉ!!わたくし只今、たいへん高尚なる思考活動にせこせこと勤しんでいる最中ですの!あり得ない……決してありえようはずもないこの現状の把握に忙しいんですの!邪魔しないでほしいんですの!!」  「君がこの交番の隣にあるコンビニの外に設置してある燃えるゴミのダストボックスから突然転がり出てきて中に入っていたゴミを駐車場に撒き散らした挙句、顔面を地面にこすりつけた痛みに思わずゴロゴロとのたうち回るうち、縁石に後頭部を打ち付けて悶え苦しんでいるという知らせを受けて駆け付けた警察官に職務質問されているという現状かな」  「……ごめんなさい……」
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