1.肝は将軍の官、謀慮《ぼうりょ》之より出《い》づ

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「森さん、俺も一緒に いいですか?」 すると緊張気味の姉弟に気づいてか、ユキの声が森さんの後ろから飛んでくる。 森さんは振り返ると、ユキに向かって言葉を返した。 「ーーあぁ、構わない。 逆に(・・)居てもらった方がいいですねぇ。」 そう言うと、森さんは 姉が準備したスリッパを履き、我が家に入った。 ーーーーーーーー 行人は、森が初対面の2人に対して落ち着かない気持ちであるため 自分に居て欲しいと言ったのだと思った。 しかし、森の言葉の真意はそうではなかった。 それを理解しないままに、行人は ただ 森から言われる通りに佐藤家に入るのだった。 ーーーーーーーーーー 家には、白檀の香りが漂った。 その原因は、森が まず仏壇に手を合わせ線香を立てたからだ。 (ーー嗚呼…、妹だ。) 正面にある写真を見て、森は妹だと確信する。 森は手を合わせ終わると 後ろに座っている秋と夏に向き直った。 2人は緊張し、表情は硬い。 「ーー急に、母親の兄が出てきて戸惑っているでしょう? 申し訳ないと思っています。」 森は内ポケットから手帳を出すと、そこに挟んでいたものを取り出し、夏と秋に差し出す。 「ーー謝罪のつもりで、これを持ってきました。貰ってはくれないでしょうか?」 それは古びた1枚の写真だった、 「…?」 それを夏は手に取る。秋は横からそれを覗いた。 その写真には、 椅子に座っている女性、その女性の肩に手を置く男性がいて、そして彼らの前には子供が3人、写っていた。 一番大きな男の子は小学3年くらい。 その隣にいる女の子は幼稚園の年中さんくらいだろうか? そして女性の腕には赤子が抱かれていた。 「ーーすまない、君達の母親の写真は、全て捨てられていた。」 「ーーこれが、我が家にあった、裕子が写った 唯一の写真。」 そう言いながら、森は吐息を出した。 夏と秋は食い入る様にその写真を見つめた。 母親の子供時代の写真なんて見たこともなく、いつも弾ける様に笑っていた母とは到底思えないほど、暗く辛気臭い表情であると秋は思った。 すると、夏が口を開いた。 「こんなの、受け取れません!!」 その声に、森の瞳は一瞬 大きくなった。
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