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夏は先程まで緊張していた癖に、急に睨みつける様に森を見つめだした。
「母から一度も過去のことは聞いたことはありません。 きっと、母も過去のことなんて、私達に教えたくはなかった筈です。
……だから、これは要りません、お持ち帰りください。」
震える声で夏はそう告げると、森に写真を突き返した。
初対面、しかもアルファの男を一喝する様に言葉を吐き出す姉を見て、(この人やっぱり俺より男前)と秋は改めて感心した眼差しで 夏を見つめた。
「それに……」
夏は小さく言葉を続けた。
写真を持つ手が震えていた。
「……こんな大切な1枚を私達は貰えない。 家族で写る唯一の写真なんでしょう?」
森は夏から差し出されている写真を、そっと親指と人差し指で摘んだ。
「ーーあぁ、ただねぇ、私には家族と言うものが素晴らしいものとは感じることがなくてねぇ……」
「ーーだから、この写真にも 特に気持ちが入っているとか そう言うものでは 無いんですよ。」
森は摘んだ写真を目の高さまでやると、写真の男性と女性を汚ならしいものでも見る様に睨みつけていた。
「ーー聞いていると思いますが、当家は今血縁で争っています。」
「ーー馬鹿げた話なんですが、アルファの人間しか人間と思わない、非人道的な家なのです。」
「ーーそんな血脈を私は終わらせたかった……」
すると森は、写真に写った子供を見つめ、その目線を夏と秋に移した。
細く開く瞳からは熱い眼差しが見えた。
「ーーでも、君たちを見ていると、」
夏と秋はその場の空気が熱くなっている事に気付いた。
「ーーこの呪われた血脈を、初めてどうにかしたいと 思ったのですよ。」
仏間の横のリビングのソファーに座って、静かに彼らの話を聞いていた行人は、その場の空気が熱に侵食されたことに、気づいた。
あまり動揺を見せることのない行人であるが、いつもとは違う 森から発せられる空気に、彼が驚嘆したことは言うまでもなかった。
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