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「春彦さん、」
普段は大学に通っている彼女は、いつも俺の休みに合わせて顔を出した。3年生にもなると、ほとんど授業は無いらしい。
白いブラウスに、薄い黄色の花柄のスカート。高校時代、同級生に「あんな可愛い奥さんが出来るのが確定してるなんてズルい」と言われた事を思い出す。
「おはよう、花純」
「おはよう。邪魔だった?」
俺が仕事着でフロントに立っていたものだから、彼女は少し心配そうな顔をした。
「邪魔じゃないよ、すぐ着替える。待っててくれ」
「うん、」
彼女はニコリと微笑って、玄関框に腰掛けた。
部屋に向かう途中、秋宏に出会った。花純と会う日に出会うと、チクリと胸が痛む。何も悪いことはしていないんだけど、まるで人のモノを奪っているような、そんな感覚。
「…兄さん、出かけるの?」
「ああ、少し」
俺が出かける相手なんて、彼女しか居ない。全てを察して、弟は酷く傷付いた顔をした。
頼むから、そんな顔はしないでくれ。俺だって、お前を傷付けたい訳じゃない。
彼女が成人したのに合わせて交際を始めて、もうすぐ半年が経つ。きっと、彼女は俺のことが好きで。手に取るようにそれが分かったけど、俺は彼女に指一本触れていなかった。
どうしても秋宏の顔がチラついて、そう言う気分にならない。彼女のことが嫌な訳では無いけど、弟の気持ちが吹っ切れるまでは、きっと彼女を愛することなんて出来ないだろうと思っていた。
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