長男・春彦

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部屋の外から声を掛けると、すぐに返事があった。挨拶して中に入ると、彼女は座椅子に丸くなって座っていた。机の上にはノートパソコンが置かれている。 サングラスを外した彼女の目は黒々として大きくて、初めて会った時は年上かと思ったけど、結局何歳なのかわからなくなった。 「…先程、篠宮様がおられるか、とお電話が有りました」 彼女はピクンと反応した。動物だったら、耳がピョンと上に向く、そんな感じ。 「お客様の個人情報はお伝え出来ない、とお答えしております」 そう言うと、絵に描いたようにホッと胸を撫で下ろす彼女。チラリと俺を見て、言った。 「そう。あなた、使えるわね」 初めて言われたそんな台詞に、思わず吹き出しそうになった。どこまで上から目線なんだ、と。面白すぎて、「お褒めに預かり光栄です」なんて時代劇みたいな返事をしておいた。 そのまま部屋を出ようとすると、「ちょっと、」と止められた。 「…何か?」 「…訊かないの?何故ここに来たのか、とか」 金持ちのお嬢様のただの家出だろ、と思っていた。関わり合いたくないし、正直理由なんてどうでも良い。旅館の印象を下げるような、面倒を起こさないでくれるなら。 「興味が無い」なんて返事は出来ないので、「お客様のプライバシーなので」と言うと、彼女は「そう」と素っ気ない返事をした。 「そんな事より、この旅館には何か気が紛れる物はないの?」 また面倒な事を言い出した、と思った。家出するなら世話係も一緒に来いよ、何て思ったりして。 他のお客様は、昼間は観光にお出かけになるし、この旅館にアクティビティがあるはずも無い。あるとすれば、昔 親父と一緒にやった将棋くらい。 「…将棋、なら御座います」 「将棋なんて面白いの?」 「私は、面白いと思います」 「ふーん、」 お嬢様の興味が湧くはずが無いか、と「失礼します」と出て行こうとすると。 「じゃああなた、私に将棋を教えなさい」 と、お嬢様はまたとんでもない命令をし始めた。 「…私も、仕事がありますので…」 「今すぐじゃないわ。休憩中にここに来なさいって言ってるの。良いでしょう?」 面倒臭えなーと内心イライラもしたが、まあ1ヶ月も泊まってくれると言うし、料金もキッチリ払ってくれているので、俺は渋々了承した。
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