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「…あなた、私のこと知らないわよね?」
突然、彼女が呟いた。
質問の意味が分からなかった。黙って彼女を見ると、「やっぱりね」と1人で納得している。
「名前を書いた時に反応が無かったから、知らないんだろうなって。私、これでも小説家なの」
聞くところによると、10代でなんとかっていう賞を受賞した、ミステリー作家らしい。何なら、彼女の小説が原作の映画も製作されたことがあるとのこと。
俺は本は全く読まないし、映画に興味もないので、これっぽっちも聞いたことが無かったけど。
「締切間近で、編集さんから逃げて来たの。話の大筋は書けてるんだけど、台詞とか人間関係がしっくり来てなくて。今まで友達も恋人も作らずに書いてばっかだったから。だからあなたと将棋でもして会話でもしたら、何か降ってくるかと思ったんだけど」
「…お力になれずスミマセン、」
「いえいえ、」
ただのお嬢様の家出かと思いきや、まさかの小説家だったとは。じゃあ、あの電話は編集さんだったのか、と合点がいった。
「良いわね、あなたは。お仕事、順調そうだし」
膝を丸め、拗ねたような顔をする彼女。気が付けば、俺も呟いていた。
「俺だって、悩みくらいあるよ」
「えっ、そうなの?」
「…まあ、色々」
「…お互い、不自由ね」
そう言って、彼女は力無く微笑った。
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